依存から自立した依存

現代日本は、ストレス社会であると同時に「依存」社会とも言える社会です。

「依存」というのは、独立していない頼りきっている状態といえます。人間の赤ん坊は、誕生したときはまったく大人に依存しています。生きることのすべてを大人にまかせています。

この生理的心理的依存が完全に保障されている子は、内発的に自立する力がついてきます。

親と子の関係は、親が子どもを完全に依存させていた状態から、徐々に依存の度を薄めながら、いずれ子どもが大人になる頃には、独立した個人として対等になるというプロセスです。
子どもが大人になったとき依存しなくなるためには、いくつかの条件が必要である。

  1. 精神的自立(自分の心を管理できること。孤独感とか、後悔とか、くやしさとかのマイナス感情にもある程度耐えられねばならない。自分の欲求や願望も冷静にコントロールできねばならない)
  2. 的自立(性的機能が健康に発達し、性的認識が倒錯していないことも大切である)
  3. 生活的自立(夜は眠り、食事をつくったり、あとかたづけしたり、楽しむことができる。疲れを、自らの生活の仕方で改善することができる)
  4. 経済的自立(自分の生活費は、自分の労働で得ることができる)

これらの条件は、かつての多くの若者にとって自然にのりこえられた課題でした。

たとえば、中学を卒業して集団就職で都市で働くようになった人たちは、親に依存していた子ども時代から、一夜にして自立することを迫られました。と同時に、親に依存した生活のなかで、そのような発達可能性は、ちゃんと培われていたのです。

だから、彼らは、工場で働く数年の間にすばらしく成長して大人らしく変身していったのです。そして、「がんばれば、何事も成しとげられる」というような人生観をしっかりと身につけることができたのです。しかし、かならずしも、がんばればなんとかなるものでないこともあるので、かつてすばらしく自立した彼らも、不測の環境の変化のなかで、自立できなくなってしまうもろさを露出する場合もあります。

ともかく、ここでいえることは、子ども時代、親に十分依存しているなかで、いずれ大人として自立する力が育っていくというです。

大人になってからも、親と子が助けあったり、夫婦が力を合わせて子どもを育てるとかの関係を通じて、多少依存的な関係があることは仕方ないが、そのような家族関係のなかでもできるだけお互いに自立しているという形が望ましいのです。

神経科外来でみる家庭内葛藤は、自立できない依存的な人物が家人を精神的負担や不安定感をつくつているというケースが多いのです。

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