前頭葉とつながっている3つのストレス

私たち人間は、大きく分けて3つのストレスを感じています。1つは、身体的ストレス。もうひとつは、快が得られなくなることによって生じるストレス。そして3つ目が、他人から正当に評価されないことによって生じるストレスです。

最初の身体的ストレスは、前頭葉の中でも、体内外のストレスにダイレクトに反応する仕事脳(ノルアドレナリン神経) と深くかかわっていることがわかりました。
2つ目の、快が得られなくなることによって生じるストレスは、学習脳(ドーパミン神経) の働きと深くかかわっていました。そして、3つ目の、自分が相手のためにと思ってしていることが、正当に評価されないことによって生じるストレスも、共感脳(セロトニン神経) の働きと深くかかわっているのです。

なぜなら、このストレスは、「どうして私を理解してくれないの?」と一方的に考えてしまい、相手の気持ちになって考えられないことが原因で生じるストレスだからです。っまり、前頭前野を構成する3つの脳と、人間が感じる3つのストレスは、互いに深い関係にあるということです。

これはストレスという問題を考えるうえでとても大きな発見だと思います。人間が感じる3つのストレスは、どれも、最も人間らしい脳によって影響を受けていたのです。

そう考えれば、「脳ストレス」が前頭前野と関連していることも納得できます。また、脳ストレスを消すためには、ドーパミンやセロトニンを鍛えればいいということもおわかりでしょう。その中でも特に、3つの脳のバランスを整える「セロトニン神経」の役割が非常に重要です。

活性化させることで、人間は平常心を保つことが可能になります。そして、共感脳にかかわる「正当に評価されないストレス」だけでなく、「身体的ストレス」や「快が得られないストレス」をも受け流すことができるようになるのです。

5分間のセロトニンとレーニングはこちらです。

共感脳とセロトニン神経との関係性

共感脳の働きである「社会性」や「共感」については、主にセロトニン神経との関係について説明します。学習脳がドーパミン神経によって活性化し、仕事脳がノルアドレナリン神経の働きによって活性化するように、共感脳もセロトニン神経によって活性化します。

セロトニンは、ノルアドレナリンと同じように、脳に覚醒をもたらす神経伝達物質ですが、ノルアドレナリンがホットな覚醒をもたらすのに対し、セロトニンは「クールな覚軽」をもたらします。っまり、脳が高い働きができるような状態を常に維持してくれるわけです。

また、ノルアドレナリン神経が脳全体にネットワークをめぐらしているのと同様、セロトニン神経もほぼ同じ場所にネットワークを構築しています。このようにノルアドレナリン神経とセロトニン神経は似ている部分があるのですが、決定的な違いが1つだけあります。

それは、ノルアドレナリン神経が、内外からのストレス刺激によって放出量を変えるのに対して、セロトニン神経はそうした刺激の有無にかかわらず、常にl定圭のセロトニンを放出し続けるということです。
また、セロトニン神経には、それ自体が何か仕手をするわけではないという特徴があります。

オーケストラの指揮者を想像してみてください。指揮者は全体のバランスを整えることですばらしい演奏を演出しますが、指揮者自身が楽器を演奏するわけではありません。セロトニン神経の働きも、それと同じなのです。つまり、一定量のセロトニンが規則正しく出ることによって、セロトニン神経は、ドーパミン神経やノルアドレナリン神経の過興奮を抑え、脳全体のバランスを整え、「平常心」をもたらすという働きをしているのです。

「学習脳」「仕事脳」のところで、それぞれドーパミンとノルアドレナリンが出すぎることによって起きる問題について触れましたが、実はセロトニン神経が活性状態にあれば、この2つの神経が多少過興奮しても、それぞれの過興奮を上手に抑えてバランスを整えてくれるのです。

もちろん、セロトニンも過剰に出すぎると、仏教の修行などで「魔境」といわれる幻覚を見るような状態になることがあるのですが、これはよほど修行を積んだ人に見られるもので、普通の生活を送りながらセロトニンを鍛える場合には、そうしたところまでセロトニンが出ることはまずありません。

機能が低下して問題を起こすことはあっても、ドーパミン神経やノルアドレナリン神経のように、過興奮することはまずないといっていいでしょう。セロトニン神経を鍛えれば、ストレスに強くなるというのは、こうした中枢としてのコントロール機能が働くことを意味していたのです。

仕事脳 ノルアドレナリン神経は危機管理担当

仕事脳の主な機能は「ワーキングメモリー」と呼ばれるものです。これは、瞬時にしていろいろな情報を分析し、経験と照らし合わせることによって、最善の行動を選択する」という機能です。

たとえば車の運転がこれにあたります。動物には、車の運転ができません。前頭前野が未発達で、経験知の少ない子供にもできません。お酒を飲んで前頭前野の機能が低下してしまったときも、安全な運転はできません。
車の運転のように一瞭のうちにさまざまな仕事をこなすのは、脳の機能としてもとてもハードなものなのです。

それだけに、前頭前野が正常に働いているときでないとできないのです。この仕事脳の働きと密接にかかわっているのが、ノルアドレナリン神経です。ノルアドレナリンもドーパミンと同じく興奮物質ですが、ノルアドレナリンは、いわば生命の危機や不快な状態と戦うための脳内物質なので、ドーパミンの「快」とは逆に、「怒り」や「危険に対する興奮」をもたらします。

たとえば、リングの上の格闘家や、戦場の戦士たち、腹が立って仕方がないときなどが、ノルアドレナリンによって脳が興奮している状態といえます。ノルアドレナリンは、適量であれば、脳に適度な緊張をもたらし、ワーキングメモリーの働きをスムーズにする効果があります。

適度に緊張していた方が、仕事や運転がうまくいくのはこのためです。では、ノルアドレナリンはどのような刺激によって出るのでしょう。ノルアドレナリンの放出は、身体の内外から加わるストレス刺激によって生じます。

ですからストレスが適度なものであればいいのですが、ストレスが強すぎ、ノルアドレナリンが多く出すぎてしまうと、脳が過緊張に陥り、かえってワーキングメモリーが動かなくなってしまうのです。ノルアドレナリン神経は、仕事脳だけではなく、脳全体にネットワークを持ち、身体に起きた危機に対処するためのさまざまな反応を引き起こします。その働きは、まさに危機管理を担うものです。

たとえば、自律神経に働きかけ、血圧を昇させ、心臓の拍動を速め、危機的な状況に対処する準備を準える。そして脳全体にノルアドレナリンという興奮物質を行き渡らせることで、脳全体を「ホットな覚醒」に導き、この戦いに勝ち目はあるのかないのか、戦った方がいいのか逃げた方がいいのか、という判断から具体的な行動へと誘導するのです。

私たち人間が、これまで絶滅することもなく生き延びてこられたのは、このノルアドレナリン神経の働きのおかげといっても過言ではありません。仕事をテキパキと進め、いざというときには身を守ってくれるノルアドレナリン神経ですが、これも過度に興奮しすぎると、悪影響をもたらします。

それが「暴走」です。ノルアドレナリンが過剰になる主な原因は、過度のストレスです。ストレスが強すぎたり、溜まりすぎたり、長期間加わり続けると、ノルアドレナリンが過剰になり、脳の興奮がコントロールできなくなってしまいます。こうしたノルアドレナリンによる脳の異常興奮は、うつ病をはじめ、不安神経症やパニック障害、強迫神経症や対人恐怖症などさまざまな精神疾患をもたらします。

ストレスが長く続くとうつ病になってしまうのは、セロトニン神経だけでなく、ノルアドレナリン神経の過興奮とも深くかかわっていたのです。
ストレスとうつの関係性についてはこちら。

学習塾でドーパミンがドバっと出る

学習脳というのは、文字通り学習するときに働く脳なのですが、学習とは脳にとって何なのかというと、実は「報酬を前提にして、いろいろな努力をする」ということです。この報酬を前提に学ぶというのは、実は動物にも見られるものです。

たとえば、サーカスの動物たちが芸を学習するのは、「エサ」という報酬がもらえるから。ペットの犬にお手やお座りなどを仕込むときも、報酬としてエサが使われます。でもこれは1つの条件反射のようなもので、人間の場合の学習と報酬の関係はもっと複雑です。人間にとっての報酬は、一言で言えば「快」です。具体的に言うと、地位や名誉、お金、女性の場合だと美しさも報酬になります。何を快と感じ、何のために努力するかは人によって異なりますが、報酬のために一生懸命頑張るのはみな同じです。

たとえば、今は幼稚園受験から受験勉強を始める人もいますが、そこまでして勉強するのは、いい学校に入って、そこでいい成績を上げて、いい大学に進んで、いい会社に就職するためです。なぜそこまでしていい会社に就職したいのかといえば、そうすればいい給料をもらって、素敵な異性と結婚できて、賢い子供を授かって幸せな家庭を築くことができると思っているからです。

実際には、このように単純には進んでいかないので、これは1つの「夢」なのですが、こうした「夢」が報酬となって努力を積み重ねていくというのが、人間の営みの1つであることはいえると思います。

そして、この仕事脳の働きを活性化させるのが、ドーパミン神経です。ドーパミンというのは、脳を興奮させる興奮物質の1つです。しかも、ドーパミンによってもたらされる興奮は「快感」です。オリンピックの水泳金メダリスト北島康介選手が、金メダルを取ったレース直後に「チョ一気持ちいい」と言ったのは有名ですが、あの状態がまさにドーパミンによって脳が興奮している状態です。こうした「快の興奮」は、心地よさと同時に、「意欲」をもたらします。

たとえば、テストでいい成績を取ると、喜びと気持ちよさを感じますが、そのときわ同時に、次はもっといい点数を取ろうという意欲が湧いてきます。つまり、報酬を目指して努力して、その報酬が得られると、さらなる意欲が湧いてきて、より一層の努力ができる、という構造になつているのです。

とてもよくできた仕組みだと思いますが、実は、ここには「落とし穴」も隠されているのです。それは、報酬が得られなかったときです。努力をしたからといって、必ず報酬が得られるかというと、それは違います。また、お金や名誉などを報酬にしてしまうと、限界というものも生じてしまいます。

ドーパミン神経は、報酬が得られる限り「もっと、もっと」と意欲的に努力を続けることができますが、その半面、報酬が得られなくなると、得られなかった快が不快として認知され、大きなストレスとなってしまうのです。

人間ならではのストレスの1つ、「快が得られなくなることによって生じるストレス」が、まさにこれにあたります。人間の「快」を求める気持ちはとても強いものです。それだけに、不快に転じると大きなストレスとなってしまいます。そして、そのストレスが高じると、場合によっては「依存症」という病気に結びついてしまうこともあるのです。

依存症として有名なのは「アルコール依存症」ですが、これも、お酒が切れると、それらがもたらす快が失われるので、また欲しくなり、飲むともっと飲みたくなり、っいには飲むためなら何でもするようになってしまうという病気です。

こうなってしまうと、自分の意志の力だけでコントロールすることはできません。医師の治療を必要とするのですから、正常な心の状態とはいえません。依存症には他にも薬物依存や、買い物依存などさまざまなケースがありますが、どの場合も最初はそれが「快」をもたらすものであったということは一致しています。

ドーパミン神経は、ちょうどよい状態にあれば、意欲やポジティブな心の状態をつくり出します。また、食欲や性欲といった生存には欠かせない欲求を演出する神経でもあるので、生きていくうえでとても大切な神経なのですが、興奮が過度になると、依存症という深刻な問題をもたらす危険性をも持っているのです。

3つの脳によって“人らしさ”が構成されている

人間に「人間らしさ」をもたらしている前頭前野、その中でも真ん中に位置する共感脳が、私たちの「心」の中でも共感やがまん、理性といった「社会性」に関する働きをしている場所だということがわかりました。

では、前頭前野のそれ以外の場所は、何をしているのでしょう。実は前頭前野には3つの大切な働きがあります。

1つは「共感」、そして残りの2つは「仕事」と「学習」です。それぞれの働きを脳の位置でいうと、「共感脳」は前頭前野の真ん中、「仕事脳」は共感脳の外側上方、「学習脳」は共感脳の外側で、仕事脳の下に位置しています。

脳というのは、わかりやすく言えば神経の束です。目、耳、鼻、口、皮膚感覚などを通して感じられた情報は、体中に張りめぐらされた神経を通って、脳にもたらされます。

ですから、モノを見ているのも、音を聞いているのも、臭いや味を判断しているのも、痛みを感じているのも、突き詰めていえば脳が感じているのです。身体と脳をつなぐネットワークがあるように、脳の中にも脳のさまざまな部分をつなぐネットワークがあり、互いに影響を与え合っています。脳内ネットワークを構築している神経細胞の数は約百五十億個もあり、その中で○○神経というように呼び名がついています。そして、その名前は、その神経が情報伝達に使用している物質の名前が用いられるのが決まりになっています。

こうした物質は「神経伝達物質」または「脳内物質」と呼ばれます。みなさんも「ドーパミン」や「ノルアドレナリン」といった名前を聞いたことがあると思いますが、それらは神経伝達物質の1つです。よく、脳は微少な電流によって情報が伝わるといわれています。

確かに脳には微少な電流が流れているのですが、神経と神経の間で情報を伝達しているのは、電流ではなく、電流の刺激によって放出される神経伝達物質です。つまり、ドーパミンという神経伝達物質を使って情報伝達を行っている神経が「ドーパミン神経」、ノルアドレナリンを使っているのが「ノルアドレナリン神経」、セロトニンを使っているのが「セロトニン神経」と呼ばれるということです。

前頭前野を構成する3つの脳、「共感脳」「仕事脳」「学習脳」は、それぞれ今言った3つの神経と密接にかかわっています。「学習脳」はドーパミン神経。「仕事脳」はノルアドレナリン神経。「共感脳」はセロトニン神経。

私たち人間の心は、実はこうした脳の働きの現れなのです。人の心は一定ではありません。普段はとても思いやりのある人でも、ときにはイライラしたり、ひどく激昂したりと、そのときどきで変化します。こうした感情の変化は、脳の働き具合によって生じる変化なのです。3つの脳にはそれぞれに特徴があり、私たち人間の心模様は、そのどの部分が強く働いているかにょってコロコロと変化しているというわけです。

理性のポイントとなる「共感脳」

相手の感情がわかることによって、我慢や忍耐の心は働きます。では、なぜ相手の感情がわかると、人は「我慢しよう」もしくは「我慢しなきゃ」と思うのでしょうか。

みなさんはいかがですか。どういうときに「自分我慢しても人に譲ろう」と思いますか?それは、相手の感情に「共感」したときだと思います。相手の悲しみや苦しみに共感できたとき、人は「それほど悲しいのなら」「そんなにも苦しいのなら」と自分の感情を抑えて相手に譲るのです。

「共感」とは、共に感じると書きますが、もっとかみ砕いて言えば、「読みとった相手の感情と同じ感情を自分も感じる」ということです。感情を抑えるのは理性ですが、実はその理性を働かせるのは、共感という感情の一致なのです。

動物は感情を持っていますが、相手に共感することはめったにありません。共感は人間だけに見られるものです。ということは、共感の働きは人間脳(大脳皮質)にあるということです。では、その働きは、人間脳の中のどの部分にあるのでしょう。

実はそれは、この章の最初の部分でお話しした「心の場所」である前頭前野の中の、さらにその真ん中の部分「内側前頭前野」というところにあるのです。このことから内側前頭前野は、別名「共感脳」ともいわれています。

「前頭前野」というのは、わかりやすく言うと、額のちょうど真ん中部分にあたります。

仏像を見ると額に小さな丸いものがついています。あれは「白竜」というのですが、ちょうど脳のあのあたりに位置する脳が「内側前頭前野」です。人間が社会生活をするうえで必要な、「我慢の心」や「共感」といった能力は、「内側前頭前野= 共感脳」の働きによってつくり出されていたのです。

我慢できない大人、我慢ができる子供

当たり前ですが、子供は大人ほどがまん強くありません。すぐに泣いたり怒ったり、感情がストレートにそのまま行動や言動に出てしまいます。なぜ、子供は感情をコントロー〜することが下手なのでしょう。

子供が自分の感情をなかなか抑えられないのは、前頭前野がまだ充分に発達していないからです。前頭前野だけでなく、幼い子供の脳は、まだ充分には発達していません。生まれたばかりの赤ちゃんは、寝返りすら打てません。

でも、成長とともに首が座り、寝返りが打てるようになり、やがてハイハイをして、立って歩くようになります。これはそうした運動に関する脳の部分(大脳や小脳など) が発達していっていることを意味しています。

言葉も最初は何を言っているのかわかりませんが、次第に意味をなすようになり、3歳ぐらいになるとビックリするぐらいきちんと話すようになります。これも、言語脳がものすごい勢いで成長していくからです。がまんの心も同じです。

赤ちゃんは感情むき出しですが、成長するに従って、お母さんや周りの人から「ちっよとがまんしてね」「もう赤ちゃんじゃないんだから、こういう場所では静かにしているのよ」と、社会生活をするうえで必要な「がまん」を教えられることで「がまんの心」を育てていきます。

このとき、とても大切なもう1つの能力、「表情などから相手の心を読む能力」が、さらに磨かれます。たとえば、子供同士でオモチャの取り合いになったとしましょう。1歳ぐらいの小さな子供は、相手が泣いていようが怒っていようがおかまいなしで、自分の感情を優先させます。でも、がまんの心が育つと、相手が泣き出すと「じやあ、いいよ」と相手にオモチャを譲ることができるようになります。

これは、自分の「オモチャが欲しい」という感情を理性で抑えているのですが、そうするのは、相手が悲しんでいるということを理解している、つまり相手の感情を読みとることができているからです。相手の気持ちがわからなければ、自分の感情を抑えることはできません。がまんの心もまた、相手の心を読みとる前頭前野の発達と同時に成長するということです。

さて、こんな実験データがあります。それは、小学校でいじめを頻繁に行う子供と、いじめをしない子供の両方に、同じ人物写真を見せて、その写真の人物の表情から、その人がどんな感情を抱いているか読みとってもらうという実験です。

結果ははっきりとした違いになって表れました。いじめをする子供は、表情からその人の感情を読みとることが、圧倒的に下手なのです。怒っている顔が無表情に見えたり、笑っている顔が相手をバカにしている顔に見えたりしてしまうのです。

いじめをする子供に、「どうして相手が嫌がっているのにやめないの? 」と聞くと、「嫌がっているとは思わなかった」と答えることがよくありますが、それは本当だったのです。「そんなの自分の罪を隠すためのウソじゃないの? 」と思った方もいることでしょう。

もちろん、相手が嫌がっているとわかっていていじめをする子供も中には存在します。でも多くのいじめっ子は、相手の表情が読みとれないことから来る「誤解」でいじめをしてしまっているのです。そして、その表情から心を読みとる能力が低いということは、同時に自分の感情をコントロールする能力も低いということになります。

だから、なかなかいじめがなくならないのです。でも、そういう子供は、単に前頭前野の発達が何らかの理由で遅れてしまっているだけなので、前頭前野を鍛えれば、自然と「がまんの心」も「相手の表情から感情を読みとる能力」も身につきます。

子供が感情に負けてしまうのは、前頭前野が未発達だからです。

では、大人の場合はどうでしょう。私たちはときどき、子供のように感情を爆発させる大人に出会います。そうした大人も前頭前野が未発達なのでしょうか。結論から言うと、答えは「NO」です。大人が感情をコントロールできないのは、子供の場合とは原因が違います。

大人の場合、多くは疲労やアルコールの摂取など何らかの要因によって、前頭前野の働きが弱っていることが原因です。朝よりも夜の方が電車でキレる人が多いのは、夜の方がストレスが蓄積され、精神的ストレスを受け流す「セロトニン神経」が弱っているからだとお話ししましたが、同時に夜はお酒を飲んでいる人が多いことも、キレる人が増える原因の1つとなっているのです。
https://health-memo.com/2018/02/02/%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ac%e3%82%b9%e3%82%92%e5%8f%97%e3%81%91%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%81%ae%e3%81%af%e8%84%b3/
普段ならがまんできることが、お酒を飲んでいたためにがまんできず、ついつい言い争いやケンカになってしまったということは、お酒を飲む人なら誰でも経験していることだと思います。あのコントロールの効かなさ、それこそが前頭前野の働きが弱った状態なのです。このように大人と子供では、「感情をコントロールできない」という現象は同じでも、原因は違うのです。

真似による人の心を読み取る能力

「顔で笑って心で泣いて」この言葉は、人間がすばらしい能力を持っていることを物語っています。顔は笑っているのに、なぜ「心の中ではこの人は泣いている」ということがわかるのでしょうか。意識的に心を隠そうとしても、人は相手の本心を見抜くことができる、隠そうとしても隠せないものを読みとる能力を持っているということを、この言葉は表しているのです。

人は生まれながらに、この能力の基本的な素養を持っています。赤ちゃんは、お母さんの声や視線、さらにはぬくもりといった皮膚感覚を通して、お母さんの心をとても上手に読みますが、それができるのはこの能力を使っているからです。

でもそれは、「読める」といっても、感覚的にわかっているというだけです。わかつたことがきちんと認識できるようになるためには、大脳皮質の言語脳の発達と、この前垂別野の能力をリンクさせていくことが必要です。

幼い子供はそれを、「まね」を通して行っていきます。幼稚園前後の小さな子供は、周りの人のまねをよくします。兄弟のいる子ならお姉ちゃんやお兄ちゃんのまね、いない子はお母さんやお父さん、あるいは幼稚園の先生など身近な人のまねをします。あれは、相手の行動や言葉をまねること、つまり同じ行動や言動をすることによって、その人がどうしてそういう行動をとるのか、なぜそう言ったのか、そのときの「心」を体験し、学んでいるのです。ですから、「まね」というのは、脳の発達においてとても大切な訓練なのです。

子供は人まねを何度も何度も繰り返すことで、前頭前野を発達させていきます。そして、この他人の「まね」をするという行為は、他者の心を理解すると同時に、他者と自分の違いを脳にインプットしていく行為でもあるのです。

というのも、人のまねをすることで、自分はこれができてこれができない、自分はこう思うけど人はこう思う、という自分と他者の違いを認識することになるからです。「自分」が確立されるのと同時に「他者を理解する脳」がつくられます。

子供の脳は、1つの行動を通して、同時にいくつものことを学んでいるのですが、いくつもの能力が同時に育っていくからこそ、人は成長したときに、言葉でコミュニケーションをとりながら、同時に相手の行動を見て、その人の本当の「心」を読みとるといった複雑なことができるようになるのです。最近の若者は、場の空気を読めない人を、「KY (ケーワイ)」と言うそうですが、空気を読めないというのも、その場の人たちの心が読めないということですから、言い換えれば、「前頭前野がうまく働いていない人」ということがいえます。

「KY」などという新しい言葉ができるぐらいですから、そういう人が増えているのでしょうが、その原因の1つは「核家族」という家庭のかたちにあると私は思っています。なぜなら、この、「言葉ではないものから相手の心を読みとる」という能力は、大家族の中で育てば、それだけで自然と身につくものだからです。

近頃は核家族という言葉が使われることはほとんどなくなりました。それだけ親と子供だけの少人数の家庭が、当たり前になってきているということです。でも、それは脳の発達という点からみると、決してよいことではないのです。

特に、脳の発達にとってよくないのは、小さい子供を「テレビに子守させる」こと。お母さんは忙しく、他に子守をしてくれる人もいないので、ついつい家事をする間、子供に「おとなしくテレビ見ててね」とテレビに子守をさせてしまいがちです。その気持ちはよくわかります。でもテレビは、子供がいくら話しかけても笑いかけても、何の反応も示しません。

一方通行でコミュニケーションがまったく成立しないのです。テレビをよく見る子供はテレビに出てくる人のまねをしますが、相手の反応がないので、直接他人のまねをするのと比べると、脳の中で起きていることはどうしても違ってしまいます。

コミュニケーションが成立しないので、相手の反応を見て軌道修正をし、正しい理解に到達するという大切なステップが抜け落ちてしまうのです。ごく簡単に言えば、そこにコミュニケーションがないので、「多分、相手はこう思っているのだろう」という暖味な理解しかできないということです。これでは他者を理解することも、自己を確立することもできません。つまり、前頭前野の発達が充分には行われなくなってしまうのです。子供のとき、子守を「誰が」したかで、脳の発達具合は大きく変わってくるのです。「

前頭前野を失った場合は

前頭前野は、人間にとってとても特別な脳です。なぜなら、人間を一番「人間らしく」する働きをしている脳だからです。

事故で前頭前野だけが傷ついた人の数少ない症例からすると、その人が損傷したのは前頭前野だけで、脳の他の部分は無傷でした。事故に遭われたのは不幸なことですが、この人に事故の前と比べて何かできなくなっていることがあれば、それが前頭前野の働きだということがはっきりします。

発達した前頭前野を持っているのは人間だけなので、その部分がどのような働きをしているのかということは、動物実験では調べることができません。そういう意味で、このケースは、医学的にとても重要な症例なのです。

事故から回復したとき、その人は左すると他の人と何も変わったところがないように見えました。言葉もちゃんと話すことができるし、きちんと歩くこともできます。食事も自分でできるし、排泄もできます。しかし、たった1つだけできなくなったことがありました。それは「社会生活」です。

具体的に言うと、その人は他人と社会的なコミュニケーションがとれなくなってしまっていたのです。私たちは普段、人とコミュニケーションをとるとき「言葉」を使っています。そのため、言葉から相手の思いをくみ取っていると考えがちです。

でも、そうではないことを、この症例は教えてくれています。なぜなら、この人は、言葉をちゃんと話すことも、相手が話している内容も理解できたのに、相手の思いをきちんとくみ取ることができなかったからです。実は私たちは、人とコミュニケーションをとるとき、無意識に相手の仕草や表情、声のトーンなどから、その人の心を読みとっているのです。

この人が社会的なコミュニケーションがとれなくなってしまったのは、その「言葉ではないものから読みとる」ということができなくなってしまっていたからでした。その他にもこの人は、意欲を持ってテキパキと仕事をこなすということもできなくなっていました。つまり、

人間関係の中で自分をコントロールしながら生きていくことができなくなっていたのです。これによって、前頭前野は、人間が社会の=異として生きていくために必要不可欠な働きをしていることが明らかになったのです。
ところで、生きていくことには問題がないのに、社会生活をすることができない。そう聞いて何か思い出しませんか?そうです。「ニート」や「引きこもり」と言われる人たちが、これととてもよく似た状態にあるのです。

彼らは、人との接触を拒む以外は、家の中で普通に生活しています。ご飯も食べるしテレビも見ます。インターネットを通してなら、外部とコミュニケーションもとります。ここでポイントなのが「ネットを通してなら」というところです。

彼らはチャットやメールはしますが、人と会って話すことは嫌がります。電話すらほとんどしません。つまり、人と直接コミュニケーションをとることを嫌うのです。そして、ひとりで部屋にこもって、テレビやパソコンといった、現実場面での交流を必要としないものを好むのです。

でも、人間というのは、本来はひとりでは生きていけない社会的な生き物です。だからこそ、脳を発達させ、言語を操る能力を身につけ、相手の行動や表情から、相手の心の中にある思いを読みとる能力を培ってきたのです。

それなのに、他人と直接のコミュニケーションができない、またはそういうことをしたくないと感じる、あるいは、しようと思ってもうまくできないというのですから、これは人としてかなり危機的な状態です。でも、彼らは前頭前野を失っているわけではないのです。単に前頭前野の働きが弱っているだけなのですから、そのことを自覚して努力すれば、弱ったものは回復させることも強くすることもできるはずなのです。

人生を決定づけている脳の3ヶ所

心はどこにある?心の場所は脳にある

脳の研究が進んだことによって、今では「心の場所」は脳の中にあることがわかっています。これまでは、英語で心を意味する「heart」という語が同時に心臓を意味するように、「心」は心臓の位置にあると考えられていました。

もちろん、これは大きな発想の転換でした。でも、この事実を知っただけで満足している人がほとんどで、私たちは脳の「どの場所」に心があるかまで正確に知っている人はごく少数のように思います。

はっきり申し上げますと、「心は脳の中にある」という曖昧な知識だけでは、知識がないのとほとんど変わりません。もちろんストレスを「消す」ことなんて、とても無理な話です。というのも、ストレスによって心が病んでしまうということも、脳の中にその要因があるからです。

「脳ストレス」という言葉を使うのも、まさに、みなさんに「心の場所」を明確に知ってもらうためです。精神的なストレスヘの対処も、「心の場所」を突き詰めることで初めて明らかになりました。私たち人間は他の多くの動物よりも大きな脳を持っています。

身体の大きさに対する脳の割合でいうと、人間は一番大きな脳を持っているといえます。

チンパンジーと人間も、脳をみればその違いは一目瞭然で、人間の方が遥かに大きな前頭葉を持っています。私たち人間の脳は、その進化とともに少しずつ発達してきたものです。そのため、最も原始的な脳である「脳幹」を中心に、その外側に少しずつ新しい脳が「増築」されたような構造になっています。

脳幹は別名「自立脳」といって、呼吸、循環、消化などの自律神経機能、さらには阻囁や歩行といった基本的な生命活動に必要な、運動を調節する機能が存在しています。その脳幹の上に位置するのが間脳「視床下部」。視床下部の別名は「生存脳」といい、食欲と性欲という生存に不可欠な働きをしています。

視床下部の外側に位置するのが「大脳辺縁系」。ここは、喜びや悲しみ、怒りや恐怖などさまざまな感情が形成される場所なので「感情脳」といいます。私たちにとって身近な動物である犬や猫などのペットが感情豊かな行動を見せるのは、彼らの脳にこの大脳辺縁系があるからです。

人間の脳が、他の動物と大きく違うのは、この大脳辺縁系のさらに外側で、脳の一番外側に位置する「大脳皮質」が発達していることです。人間が豊かな知能を持ち、言葉を使い、社会的な生活を営むことができるのは、大脳皮質が発達しているおかげなのです。

大脳皮質は、その場所によって大きく4つに分類されます。顔のある側を「前頭葉」、両サイドを「側頭葉」、頭頂部付近を「頭頂葉」、背中側を「後頭葉」といいますが、耳にしたこともある人も多いはずです。

さて、ではこうした構造の脳のどこに「心の場所」はあるのでしょう。心の場所は、実は「2ヶ所」 あります。1つが感情脳(大脳辺縁糸)。そしてもう1つが感情脳と強く結びついている「前頭前野」です。前頭葉の中でも、最も前の方に位置する部分を、特に前頭前野といいますが、心の場所の中心は、その前頭前野にあると考えられるのです。

つまり、この前頭前野の働きによって、ストレスを感じたり、逆に解消したりすることができるのです。「人間らしさ」のすべてを形成している脳であり、脳ストレスを生み出してもいる脳なのです。

ストレスを感じているのは脳 | 健康メモ