学習脳というのは、文字通り学習するときに働く脳なのですが、学習とは脳にとって何なのかというと、実は「報酬を前提にして、いろいろな努力をする」ということです。この報酬を前提に学ぶというのは、実は動物にも見られるものです。
たとえば、サーカスの動物たちが芸を学習するのは、「エサ」という報酬がもらえるから。ペットの犬にお手やお座りなどを仕込むときも、報酬としてエサが使われます。でもこれは1つの条件反射のようなもので、人間の場合の学習と報酬の関係はもっと複雑です。人間にとっての報酬は、一言で言えば「快」です。具体的に言うと、地位や名誉、お金、女性の場合だと美しさも報酬になります。何を快と感じ、何のために努力するかは人によって異なりますが、報酬のために一生懸命頑張るのはみな同じです。
たとえば、今は幼稚園受験から受験勉強を始める人もいますが、そこまでして勉強するのは、いい学校に入って、そこでいい成績を上げて、いい大学に進んで、いい会社に就職するためです。なぜそこまでしていい会社に就職したいのかといえば、そうすればいい給料をもらって、素敵な異性と結婚できて、賢い子供を授かって幸せな家庭を築くことができると思っているからです。
実際には、このように単純には進んでいかないので、これは1つの「夢」なのですが、こうした「夢」が報酬となって努力を積み重ねていくというのが、人間の営みの1つであることはいえると思います。
そして、この仕事脳の働きを活性化させるのが、ドーパミン神経です。ドーパミンというのは、脳を興奮させる興奮物質の1つです。しかも、ドーパミンによってもたらされる興奮は「快感」です。オリンピックの水泳金メダリスト北島康介選手が、金メダルを取ったレース直後に「チョ一気持ちいい」と言ったのは有名ですが、あの状態がまさにドーパミンによって脳が興奮している状態です。こうした「快の興奮」は、心地よさと同時に、「意欲」をもたらします。
たとえば、テストでいい成績を取ると、喜びと気持ちよさを感じますが、そのときわ同時に、次はもっといい点数を取ろうという意欲が湧いてきます。つまり、報酬を目指して努力して、その報酬が得られると、さらなる意欲が湧いてきて、より一層の努力ができる、という構造になつているのです。
とてもよくできた仕組みだと思いますが、実は、ここには「落とし穴」も隠されているのです。それは、報酬が得られなかったときです。努力をしたからといって、必ず報酬が得られるかというと、それは違います。また、お金や名誉などを報酬にしてしまうと、限界というものも生じてしまいます。
ドーパミン神経は、報酬が得られる限り「もっと、もっと」と意欲的に努力を続けることができますが、その半面、報酬が得られなくなると、得られなかった快が不快として認知され、大きなストレスとなってしまうのです。
人間ならではのストレスの1つ、「快が得られなくなることによって生じるストレス」が、まさにこれにあたります。人間の「快」を求める気持ちはとても強いものです。それだけに、不快に転じると大きなストレスとなってしまいます。そして、そのストレスが高じると、場合によっては「依存症」という病気に結びついてしまうこともあるのです。
依存症として有名なのは「アルコール依存症」ですが、これも、お酒が切れると、それらがもたらす快が失われるので、また欲しくなり、飲むともっと飲みたくなり、っいには飲むためなら何でもするようになってしまうという病気です。
こうなってしまうと、自分の意志の力だけでコントロールすることはできません。医師の治療を必要とするのですから、正常な心の状態とはいえません。依存症には他にも薬物依存や、買い物依存などさまざまなケースがありますが、どの場合も最初はそれが「快」をもたらすものであったということは一致しています。
ドーパミン神経は、ちょうどよい状態にあれば、意欲やポジティブな心の状態をつくり出します。また、食欲や性欲といった生存には欠かせない欲求を演出する神経でもあるので、生きていくうえでとても大切な神経なのですが、興奮が過度になると、依存症という深刻な問題をもたらす危険性をも持っているのです。