仕事脳 ノルアドレナリン神経は危機管理担当

仕事脳の主な機能は「ワーキングメモリー」と呼ばれるものです。これは、瞬時にしていろいろな情報を分析し、経験と照らし合わせることによって、最善の行動を選択する」という機能です。

たとえば車の運転がこれにあたります。動物には、車の運転ができません。前頭前野が未発達で、経験知の少ない子供にもできません。お酒を飲んで前頭前野の機能が低下してしまったときも、安全な運転はできません。
車の運転のように一瞭のうちにさまざまな仕事をこなすのは、脳の機能としてもとてもハードなものなのです。

それだけに、前頭前野が正常に働いているときでないとできないのです。この仕事脳の働きと密接にかかわっているのが、ノルアドレナリン神経です。ノルアドレナリンもドーパミンと同じく興奮物質ですが、ノルアドレナリンは、いわば生命の危機や不快な状態と戦うための脳内物質なので、ドーパミンの「快」とは逆に、「怒り」や「危険に対する興奮」をもたらします。

たとえば、リングの上の格闘家や、戦場の戦士たち、腹が立って仕方がないときなどが、ノルアドレナリンによって脳が興奮している状態といえます。ノルアドレナリンは、適量であれば、脳に適度な緊張をもたらし、ワーキングメモリーの働きをスムーズにする効果があります。

適度に緊張していた方が、仕事や運転がうまくいくのはこのためです。では、ノルアドレナリンはどのような刺激によって出るのでしょう。ノルアドレナリンの放出は、身体の内外から加わるストレス刺激によって生じます。

ですからストレスが適度なものであればいいのですが、ストレスが強すぎ、ノルアドレナリンが多く出すぎてしまうと、脳が過緊張に陥り、かえってワーキングメモリーが動かなくなってしまうのです。ノルアドレナリン神経は、仕事脳だけではなく、脳全体にネットワークを持ち、身体に起きた危機に対処するためのさまざまな反応を引き起こします。その働きは、まさに危機管理を担うものです。

たとえば、自律神経に働きかけ、血圧を昇させ、心臓の拍動を速め、危機的な状況に対処する準備を準える。そして脳全体にノルアドレナリンという興奮物質を行き渡らせることで、脳全体を「ホットな覚醒」に導き、この戦いに勝ち目はあるのかないのか、戦った方がいいのか逃げた方がいいのか、という判断から具体的な行動へと誘導するのです。

私たち人間が、これまで絶滅することもなく生き延びてこられたのは、このノルアドレナリン神経の働きのおかげといっても過言ではありません。仕事をテキパキと進め、いざというときには身を守ってくれるノルアドレナリン神経ですが、これも過度に興奮しすぎると、悪影響をもたらします。

それが「暴走」です。ノルアドレナリンが過剰になる主な原因は、過度のストレスです。ストレスが強すぎたり、溜まりすぎたり、長期間加わり続けると、ノルアドレナリンが過剰になり、脳の興奮がコントロールできなくなってしまいます。こうしたノルアドレナリンによる脳の異常興奮は、うつ病をはじめ、不安神経症やパニック障害、強迫神経症や対人恐怖症などさまざまな精神疾患をもたらします。

ストレスが長く続くとうつ病になってしまうのは、セロトニン神経だけでなく、ノルアドレナリン神経の過興奮とも深くかかわっていたのです。
ストレスとうつの関係性についてはこちら。

学習塾でドーパミンがドバっと出る

学習脳というのは、文字通り学習するときに働く脳なのですが、学習とは脳にとって何なのかというと、実は「報酬を前提にして、いろいろな努力をする」ということです。この報酬を前提に学ぶというのは、実は動物にも見られるものです。

たとえば、サーカスの動物たちが芸を学習するのは、「エサ」という報酬がもらえるから。ペットの犬にお手やお座りなどを仕込むときも、報酬としてエサが使われます。でもこれは1つの条件反射のようなもので、人間の場合の学習と報酬の関係はもっと複雑です。人間にとっての報酬は、一言で言えば「快」です。具体的に言うと、地位や名誉、お金、女性の場合だと美しさも報酬になります。何を快と感じ、何のために努力するかは人によって異なりますが、報酬のために一生懸命頑張るのはみな同じです。

たとえば、今は幼稚園受験から受験勉強を始める人もいますが、そこまでして勉強するのは、いい学校に入って、そこでいい成績を上げて、いい大学に進んで、いい会社に就職するためです。なぜそこまでしていい会社に就職したいのかといえば、そうすればいい給料をもらって、素敵な異性と結婚できて、賢い子供を授かって幸せな家庭を築くことができると思っているからです。

実際には、このように単純には進んでいかないので、これは1つの「夢」なのですが、こうした「夢」が報酬となって努力を積み重ねていくというのが、人間の営みの1つであることはいえると思います。

そして、この仕事脳の働きを活性化させるのが、ドーパミン神経です。ドーパミンというのは、脳を興奮させる興奮物質の1つです。しかも、ドーパミンによってもたらされる興奮は「快感」です。オリンピックの水泳金メダリスト北島康介選手が、金メダルを取ったレース直後に「チョ一気持ちいい」と言ったのは有名ですが、あの状態がまさにドーパミンによって脳が興奮している状態です。こうした「快の興奮」は、心地よさと同時に、「意欲」をもたらします。

たとえば、テストでいい成績を取ると、喜びと気持ちよさを感じますが、そのときわ同時に、次はもっといい点数を取ろうという意欲が湧いてきます。つまり、報酬を目指して努力して、その報酬が得られると、さらなる意欲が湧いてきて、より一層の努力ができる、という構造になつているのです。

とてもよくできた仕組みだと思いますが、実は、ここには「落とし穴」も隠されているのです。それは、報酬が得られなかったときです。努力をしたからといって、必ず報酬が得られるかというと、それは違います。また、お金や名誉などを報酬にしてしまうと、限界というものも生じてしまいます。

ドーパミン神経は、報酬が得られる限り「もっと、もっと」と意欲的に努力を続けることができますが、その半面、報酬が得られなくなると、得られなかった快が不快として認知され、大きなストレスとなってしまうのです。

人間ならではのストレスの1つ、「快が得られなくなることによって生じるストレス」が、まさにこれにあたります。人間の「快」を求める気持ちはとても強いものです。それだけに、不快に転じると大きなストレスとなってしまいます。そして、そのストレスが高じると、場合によっては「依存症」という病気に結びついてしまうこともあるのです。

依存症として有名なのは「アルコール依存症」ですが、これも、お酒が切れると、それらがもたらす快が失われるので、また欲しくなり、飲むともっと飲みたくなり、っいには飲むためなら何でもするようになってしまうという病気です。

こうなってしまうと、自分の意志の力だけでコントロールすることはできません。医師の治療を必要とするのですから、正常な心の状態とはいえません。依存症には他にも薬物依存や、買い物依存などさまざまなケースがありますが、どの場合も最初はそれが「快」をもたらすものであったということは一致しています。

ドーパミン神経は、ちょうどよい状態にあれば、意欲やポジティブな心の状態をつくり出します。また、食欲や性欲といった生存には欠かせない欲求を演出する神経でもあるので、生きていくうえでとても大切な神経なのですが、興奮が過度になると、依存症という深刻な問題をもたらす危険性をも持っているのです。

3つの脳によって“人らしさ”が構成されている

人間に「人間らしさ」をもたらしている前頭前野、その中でも真ん中に位置する共感脳が、私たちの「心」の中でも共感やがまん、理性といった「社会性」に関する働きをしている場所だということがわかりました。

では、前頭前野のそれ以外の場所は、何をしているのでしょう。実は前頭前野には3つの大切な働きがあります。

1つは「共感」、そして残りの2つは「仕事」と「学習」です。それぞれの働きを脳の位置でいうと、「共感脳」は前頭前野の真ん中、「仕事脳」は共感脳の外側上方、「学習脳」は共感脳の外側で、仕事脳の下に位置しています。

脳というのは、わかりやすく言えば神経の束です。目、耳、鼻、口、皮膚感覚などを通して感じられた情報は、体中に張りめぐらされた神経を通って、脳にもたらされます。

ですから、モノを見ているのも、音を聞いているのも、臭いや味を判断しているのも、痛みを感じているのも、突き詰めていえば脳が感じているのです。身体と脳をつなぐネットワークがあるように、脳の中にも脳のさまざまな部分をつなぐネットワークがあり、互いに影響を与え合っています。脳内ネットワークを構築している神経細胞の数は約百五十億個もあり、その中で○○神経というように呼び名がついています。そして、その名前は、その神経が情報伝達に使用している物質の名前が用いられるのが決まりになっています。

こうした物質は「神経伝達物質」または「脳内物質」と呼ばれます。みなさんも「ドーパミン」や「ノルアドレナリン」といった名前を聞いたことがあると思いますが、それらは神経伝達物質の1つです。よく、脳は微少な電流によって情報が伝わるといわれています。

確かに脳には微少な電流が流れているのですが、神経と神経の間で情報を伝達しているのは、電流ではなく、電流の刺激によって放出される神経伝達物質です。つまり、ドーパミンという神経伝達物質を使って情報伝達を行っている神経が「ドーパミン神経」、ノルアドレナリンを使っているのが「ノルアドレナリン神経」、セロトニンを使っているのが「セロトニン神経」と呼ばれるということです。

前頭前野を構成する3つの脳、「共感脳」「仕事脳」「学習脳」は、それぞれ今言った3つの神経と密接にかかわっています。「学習脳」はドーパミン神経。「仕事脳」はノルアドレナリン神経。「共感脳」はセロトニン神経。

私たち人間の心は、実はこうした脳の働きの現れなのです。人の心は一定ではありません。普段はとても思いやりのある人でも、ときにはイライラしたり、ひどく激昂したりと、そのときどきで変化します。こうした感情の変化は、脳の働き具合によって生じる変化なのです。3つの脳にはそれぞれに特徴があり、私たち人間の心模様は、そのどの部分が強く働いているかにょってコロコロと変化しているというわけです。