未来の大人を決定するのは子供時代

子ども時代は、大人になるための大切な準備期間です。大人になってはじめて、自分の人生に責任をもつのですが、自分に責任をもてるようにしっかりと生きる力を身につけて大人になれるかどうかは、その子の責任ではなく、その子を育てている大人の責任です。

今、労働運動のなかでも、子育ての問題が重視されねばならないと考えています。労働者が自分のために労働条件や生活条件をよくする運動をすることは、まず大切ですが、今は、それだけにとどまらず、自分たちの後継者を健康に育てるという課題も重視しなければなりません。

たとえば、親の働く権利を守るためといって、子どもが健康に発達するための生活リズムを無視した生活が行われています。子どもの生活リズムを無視することが、どんなに子どもの将来に悪影響を与えるか、労働者自身が気づいていないというのが現状です。

労働者が労働組合などを通じて、自らの後継者をいかに健康に育てるかを勉強しなければなりません。そして、子どもたちの健康の発達のための、健康な生活条件をつくりだすためにたたかわなければならないのです。これからの労働者の運動は、子育てをも内に含んだ総合的な生活改善(物暦只的な豊富さではない) の運動でなければならないと思います。労働運動のなかで、子育てをどう位置づけるか、そのポイントとすべき課題です。

夜は、いつも決まった時間に寝る

大人が夜になると眠くなるのは、すべての基本である子ども時代に、決まった時間に床に就き、眠ったことによる条件反射の結果です。
子どもの就床時間は、小学毒生で午後8時、中学毒生で午後10時です。夜の家庭は静かで、おだやかな安心感に満ちた環境でなければなりません。忙しい仕事の人は、夕食などは合理化して、子どもと気持ちよく接する精神状態をつくるよう努力しなければなりません。

子どもを安心感でつつむこと

子どもは、大人がゆったりと見守るなかで心から安心感を感じているとき、伸びのびと行動して(生きる力を身につけるのです。不安・緊張・恐怖のなかでは、子どもは決して健全に成長できません。
大人は、子どもにいつも安心感を与えられるように自らの生活条件をよくしていかなければなりません。大人自身、よく眠り、気持ちのいい人間関係をつくるように自らも努力しなければいけませんし、そういうことが可能な生活条件を獲得するよう運動しなければなりません。

子どもには自由な時間をたっぷりと

安心感の保障されているところで、子どもは自由でなければなりません。口うるさく自由をうばわれるのも、規制ずくめで行動を規制するのも、子どもの( 生きる力)の発達阻害因子鵬である。

子どもの遊びは、広い広場で自由でなければなりません。ゲームセンターやテーマパークは、思い出はつくるが、脳を発達させるものではないのです。

モノや金は最小限に

子どもは自らの成長する実感を感じるとき、なんのごほうびもいらないのです。自らの成長感に共感してくれる大人がいればいいのです。

むしろ、子どもにモノをふんだんに買い与えたり、多額のお小遣いをあげたり、子どもの意欲をひき出すためといってごほうびをやったりする習慣はよくありません。子どもにお金をかける必要はありません。大切なのは、モノや金よりも安心感と自由とそして眠りです。

子どもの将来の問題に関心をもつ

子どもが将来生きる地球、日本の環境、子どもの食生活、生活リズム、物質的刺激の多さなど、子どもの生きる環境は、かつての子ども時代のように牧歌的ではありません。私たちは、自分の子どもの学校の成績や就職などに神経質になるのではなく、子どもたち全体の健康な発達を保障する条件について関心をもち、子どもの未来をよくする運動に参加していかなければなりません。

現代の子供たちの大変な現状

乳幼児の慢性的な寝不足

現在の乳幼児の就床時間は、異常に遅くなっています。21以降に就床する乳幼児は4割をこえています。しかも、就床時間が毎晩一定していないため、少子どもは、夜「眠くなる」という本能的欲求を学習できません。

私たち大人の「夜、眠くなる」という欲求は生来的なものと誤解されているが、これは、子ども時代に、毎晩同じ時間に電灯が消され、まわりが静かになって、目を閉じて、お母さんの子守唄をきいているうちに気持ちよく眠ってしまうという繰りかえしの体験を通じて条件反射的に学習したものです。

ところが、今、子どもの就寝時間を定めるという家庭のリズムが忘れられています。大人の都合で家庭生活が夜型になり、子どもも明るい夜の生活のなかで覚醒刺激を受けつづけているのです。

彼らは「眠くならない」。疲れきって、いつのまにか寝込んでしまうとしても、それは、身体のリズムとして.定着しない。こういう子は、夜は遅くまで起きていることができるのです。
怒られて布団に入ったりすることはあっても、自然には眠れません。そして必然的に、朝、自然覚醒できません。もし、自然覚醒を待ったら、午前10時とか正午になってしまいます。

驚くべきことは、保育園や幼稚園に行っていない子の母親も、同じように、午前10時頃まで寝ているという家もあるほどです。また、子どもが朝寝してくれた方が、家事がはかどって助かると、喜んでいる母親さえいるほどです。

いずれにせよ、乳幼児期の、このような夜型の生活習慣は、子どもの日中の体調に影響を与えてしまいます。そして、小学校に入学して、朝決まった時間に登校しなければならなくなって、その体調のひずみは顕在化します

つまり、朝、しっかりと覚醒しないまま登校する。頭はボーッとしていて、注意力は散漫になります。身体もけだるい。まわりの子どもたちのすばやい動きについていけません。

ささいなことでムカッと怒り、乱暴をしたりする行動が目立ちます。教師のいっせいに呼びかけるやり方についていけません。高校1年生で、その子の目をみて、きちんと話しても、よく理解できないくらいですから当然です。

近年、小学校低学年の「荒れ」が問題になっていますが、この乳幼児期からの慢性的寝不足と生活リズムの未確立に、根本的な原因があると考えられます。

ひとつの例ですが、小学1年生のO君。鬼ごっこをしていて、自分が鬼になりそうになったら、急にルールを変えます。みんなが「おかしいよ」というと、怒りだして「死んでやる」といって、で教室にもどってしまいます。みんなが教室に入ってくると、ベランダから柵を乗りこえて外に出てしまいます。先生が二人がかりで、なかに引き入れたそうです。

授業がはじまっても、ゴロゴロ転がっている。注意をすると、ノートや教科書をどリビリと破ってしまいます。答え合わせをしていて間違えていたら、鉛筆をボキボキに折ってしまいます。

朝、クラスに入るなり、ある男子の顔をなぐってしまいます。わけを聞くと「朝、お母さんになぐられた。どうしてなぐられたのかわからない。イライラして、教室で殴った」とと話すのです。

こういう暴力は多いのです。この子の母親は、「私も八つ当たりでなぐることがある。この子には手を焼いている。おだてていい気分にさせておくと、よくやってくれる」というのです。

この子の生活は、安定していないのです。まず母親が、生活リズムを意識していません。さらに子どもに接する接し方も気分的です。

おだてたり、母親自身気に入らないと暴力をふるったりしているのです。O君の母親のように子育てについての最低の思想を身につけていない母親が多くなっているからでしょう。
自分の赤ん坊ができるまで、赤ん坊に触れたこともなかったという母親も多い時代です。今、あらためて親 になるための体験教育が必要なのだと思います。

そのなかで、人間も動物であり、同時に子育て期間の特別に長い動物であることや、子育てを自分の人生の喜びだと思える感性と知性などを、十分にと教えなければならないのです。そして、睡眠、摂食、性などの本能といわれるものも、長い子ども時代に、人間的に学習していくものであることも、理論的に理解させることが大切なのです。

評価ばかりが気になって自分に確信がもてない

子どもは、自分のさまざまな体験を通じて自分の可能性を身につけ、自分で行動することの喜びを見つけ、自分意識というものを確立すします。
そして、他人の評価ではなく、自分で、「この自分でいいのだ」と納得します。自己を欠点も含めて、肯定します。このような過程を経て、つまりアイデンティティというものを確立し、大人として生きていけるのです。

ところが、今、他人の評価ばかりを気にして、自分を肯定的に評価することのできない若者が増えています。そのなかには、「自分はみにくい」とか「自分はオナラをして、人にみられている」など、対人接触の障害になる病的な場合もあるが、このような病的な症状はなくても、社会参加へのステップをうまく踏みだせないで、悩む人が多いのです。

Mさんは、ある有名私立高校の3年生。しかし、本人には、第一心望校ではありませんでした。。第一志望校は、インフルエンザのために受験できなかっただけであって、失敗したわけではありません。

一年生、二年生のときには、成績は学年でトップでした。三年にすすみ、大学受験のことを考えるようになって、「私は、何のために勉強してきたのだろう」と考えるようになりました。「私には、成績しかなかった。あなたはできるといわれて、がんばれば成績はとれたので、がんばった。だけど、何のためだったの?私は、どんな勉強をしたのだろう?私には、わからない」などと考えこむようになり、4月から休みが多くなり、5月になったら、まったく不登校状態になってしまったのです。

昼夜逆転し、夜はテレビをみたり、手紙を書いたりしています。日曜日の夜などは、「明日からは行こう。だけれども、一番になれないし、大学に行ってもわからないし」などと落ち込んでしまうのです。

Mさんは、とてもまじめな性格、友だちとの関係も大事にしており、中学時代の友だちには、何でも打ち明けていまする。完全主義的なところがあり、他人からの評価を気にしてがんばってしまうタイプでした。

Mさんのように、他人からの高い評価を目標にする傾向が身についてしまうと、他人から低く評価されることをおそれて、自分の思考視野を狭くしてしまうわけです。

もっと迷ったり悩んだりして、自分で自分の生き方を選んでよかったのに、そのようなことを思いつかず、他人の評価というレールの上を走ってしまうのです。
現在の学校の偏差値による競争原理の下で、頭のいい子ほど、この他人の評価を目標にした競争に巻きこまれやすいのです。結局、Mさんは、カウンセラーのところに通い、気持ちの整理をし、また親も、「自分の人生は、自分で決めさせる」という割りきり方ができて、落ち着いてきました。

そして、6月には、通信制に切りかえ、そのサポート校に通うようにしたのです。まさに、「この道を走るように」強制されていた道をはずれて、少し時間は余計にかかるけれども、自分の足で確かめ、歩きはじめたのです。親は、もう見守ることしかすることはないのです。

生きることが喜びにならない子どもたち

人間の子どもも、他の動物の子どもと同じように、大人と自然の環境のなかで育てられます。けっして動物の子どもは機械によって育てられることはないのです。

ところが、現代は、子どものまわりにテレビ、テレビゲームなどの視聴覚刺激、自動車やエレベーターなどの移動機関、電灯や冷暖房などの人工的生活空間がとり巻いています。これら、大人にとっては楽しい・便利な機械文明は、子どもを育てる機能を本来もっていません。

あらゆる機械は、それを使いこなすことによって自分の労働を軽減したり、自分の力の足りないところを補ったり、さらに自分の欲求を一時満足させるために利用されるものでする。だから、機械は使用する人に大きな利益をもたらすわけです。つまり、努力しないで多くの仕事ができてしまうのです、努力しないで楽しむことができるなどのメリットがあります。

ところが、逆に、今、大人になるために「努力して筋肉をつけねばならない」とか「努力して勉強しなければならない」段階の者にとっては、それらのメリットは逆作用になってしまいます。つまり、努力する必要はないのです。子どもは、大人になるために多くの努力をしなければならない時期なのです。だから、努力してたくさんの喜びを得るような体験をしなければならないのです。

このような体験を与えることのできるのは、機械ではなく、人間の大人と自然なのです。小さいときから、テレビなどの視聴覚刺激を多く与えられて、人間同士の接触の少なかった子は、生きていることの感覚的な喜びを感じることができません。人間同士の接触に敏感になったり、こわがったりします。

また、機械のように便利なもので遊ぶことに慣れてしまった子は、わずらわしいルールや人と人が配慮しあうなどのことを面倒くさく、簡単にイラついてしまうのです。

テレビ局は、いったい誰のために深夜放送をするのでしょうか。少なくとも子どもの発達を保障する文化というものを考えるならば、テレビの深夜放送はやめるべきです。

テレビゲームというものも、子どもの健全な頭脳の発達にはまったく益はないし、ものを考えないためにのみ役立つのです。ちなみに、テレビゲームを操作するときに使われる神経回路は、動物的な反射回路のみであって、人間的な大脳皮質の回路は必要としていないという事実を、大人たちもしっかり自覚するべきでしょう。

結論としていえることは、現在のように機械文明のなかで子ども時代を体験する子どもたちは、周りの大人たちがよほど利口でないと、機械の特質に支配されて、人間としての能力を育てられないまま、大人になってしまうおそれは十分にあるということです。

心の発達の弁証法についてその2

子育ての問題が、今、いわばハウツウ的な方法論の問題として扱われることが多くなりました。しかし、方法論の前に、子どもの脳の発達(生きる力)の発達の法則性を、しっかりと認識しなければならないのです。

子どもの発達や、そのつまずきなどを見ていると、その歴史性、相互関連性、外的環境の内部への影響性など、弁証法そのものを学ぶ思いにかられます。

子どもの発達は、生活過程全体の関連のなかですすむ弁証法的過程としてとらえることができます。たとえば、算数の力をつけさせるためにそろばんを、音楽的才能の力をつけるためにピアノを、国際的力を身につけさせるために英会話をなど毎日、塾に行かせているとすると、それぞれの時間の学習の内容はともかく、毎日のように放課後ワンパターンに塾に通っているという日常生活のあり方が、条件反射的に子どもの精神に影響を与えているのです。
放課後の2時間、義務的に学校の勉強以外に拘束されているということは、子どもに1つの価値観をうえつけていくわけです。

もし逆に、その子どもにとって放課後がまったく自由で自らの好奇心によって納得するまで遊べる時間であるのなら、その子の大脳は、自らの行動をつくりだす体験をたっぷりと味わうでしょう。

かつそれは塾などの義務によって中断されることがないという自由によって、大脳の働きは無限大です。もちろん、「夕食だよ」と母親によって中断されることはあるのは当然です。しかし、そのときは、空腹感という別の欲求が待っていて、遊びを中断することは自然にできます。

これは、子どもの放課後のあり方という1つの例ですが、「子どもにとって塾がいいか悪いか」という議論は、決して、「子どもが好きで行っている」「それも子どものつきあい方」などという即物的な問題ではないのです。

放課後が拘束され、プログラムが与えられた時間であるか、なにもない自由な時間であるかが大きい問題なのです。
「塾は週何回までならいいか」とか「どんな塾ならいいか」などというレベルの議論もありうるが、もっと深いところで、子どもには、学校の授業以外は徹底して自由時間を与えるべきではないかという問題があるのです。

安全を保障された自由時間のなかで、子どもの脳は自主的に生きいきと成長するものだからです。また、たとえば、大人からたっぷりと安心感を与えられ、おおらかに見守られているとき、子どもの行動は伸びやかになります。大人が子どもに不安を与えるときは、子どもの行動は萎縮して、したがって行動を通じて学ぶということも制限されます。

安心感につつまれているときは、子どもは冒険をします。危険になったらすぐ安心感を与えてくれている大人のところに戻ればいいからです。こういう子は、自分の心の中に安心感が生まれます。
自分に対する信頼感が生まれ、少し不安なことでも挑戟してみることを経験します。そして、それらは自信となり、積極性となってあらわれます。

つまり、まわりから安心感を与えることが、子どもの心の中に安心、自信、確信などの心性をつくるのです。「もっと自信をもちなさい」「もっと積極的に行動しなさい」という言葉の指示は、子どもに真の自信も積極性も生み出すものではないのです。安心感がまわりに保障されている生活過程のなかで、内的な力が育っていくのです。このような子どもの心の発達の弁証法を、ていねいにしっかり観察し、理論化しなければならなないはずです。

心の発達の弁証法について

今、多くの人々が「子ども時代の危機」について盛んに論じています。それぞれの主張に、それぞれの真理がふくまれています。しかし、究極は、親の責任を責めるところにおちつくものが多いのです。

たとえ、社会の問題、教育の問題といっても、だから「親の姿勢が大事」という結論に行き着きます。親の役割、家庭の役割を強調するけれども、その趣旨は、大人が社会に向かって自立することを要求しているのです。

たとえば、残業を断わること、学校の先生に対しても自分の意見を述べること、そして、子どものために親と教師は手を結んでほしいのです。そして、なによりも、労働者として未来の労働者を育てるために労働組合に結集してほしいと、私は即訴えるのです。

現代は、子育ては、親だけで、あるいは学校だけでできるなんて時代ではないのです。かつて日本人が経験したことのない大変な時代なのです。

今、大人は、「子ども時代のルネッサンス」のために連携し、団結しなければならなりません。

親と教師・保育者はもちろん、労働運動、つまり、父母が働いている職場は当然であるが、マスコミや子ども向けの消費財をつくっている労働者たちも結集してほしいのです。

1つの例ですが、 30歳代前半のシステム・エンジニア。彼は、夜の帰りも遅いし、家に帰ってもパソコン・ゲームが気分転換。3歳の子どもがいるが、子育ては妻まかせ。子どもも、彼がパソコンをやっていると、のぞきこんできます。かわいいと思うけれど、どうしていいかわからなないのです。
もう少し大きくなったらパソコンを教えてやろうとは思っています。
妻には不満はありません。妻がどう思っているか? 妻は、時間もあるし、私も文句をいわないし、子どもと二人で満足していると思うけど。(そして今、子どもは5歳) 子どもは幼稚園にいっているが、集団のなかに入りたがりません。言葉は達者だけれど、人が群れているなかでは、大きい声が出ないのです。パソコンには興味がある。父親とゲームをしたがります。

彼の生活は変わっていません。子どもが内気なのは、妻が内気だからだろうと考えています。

この父母が問題だとだれも思うのが普通でしょう。そして、「もっと、子どもを愛しなさい」とアドバイスします。しかし、どう愛するのかわからないのです。

異なる指導が有効な場合もあります。「夜は、8時に寝かせなさい」と。この子は、夜11時ごろに寝ることが多かったのです。がんばって、午後8時。結局9時ごろになってしまうのですがそれでも、翌朝、子どもはご機嫌です。

このように、母親に、努力した成果をできるだけ早く経験させることが大事なのです。幼児の場合は1週間もあれば、「努力すれば子どもも変わりますね」という変化を見せることはできます。

ところが、思春期になると、1年かかってやっと変化がみえるということもあります。その間ずっと親を勇気づけ励まさねばなりません。

夜、8時に寝させるために、父親である彼の協力も得なければなりません。しかし、彼は、子どもと2人で過ごせないといいます。「私は、機械相手の方がいい」ともいいます。いずれにしても、家でのパソコンはやめてもらって、家庭の団欒に心がけてもらうように説得しているところです。ここで、子どもの心の発達を、総合的にみるための大切な3点です。

  1. 心の諸機能の相互関連をとらえる
    心の機能というと、思考、記憶、感情、意欲などと列記していくことができます。しかし、これらは、それぞれ他の機能とは違う本質をもっているのですが、決して独立して形成されているのではありません。だから、それぞれを説明するのに、他の機能と切りはなして記述することはできるが、実際に心を育てるという場面では、それぞれを別々に育てることはできないのです。

    つまり、「豊かな感情」だけを育てることはできないし、「すぐれた記憶」だけを育てることもできないのです。「豊かな感情」を育てるためには、子どもの記憶力も思考力も意欲も全部快くからみあって刺激しあって、活動することが愉快でたまらないような総合的な体験によって、やっと成功するのです。

    子どもの心の諸機能が相互関連的に作用するのが、子ども時代の体験です。体験の多様性が、子どもの性格の多様性の元です。活動することの快さを十分に味わえるような豊かな体験をした子は、可能性として遺伝された諸機能をバランスよく発達させることができるのです。

    虐待されたり、悲しい思いばかりして育った子は、諸機能の発達のバランスがよくないのです。人を信じない理由はいっばい考えることはできるが、人を信じる快さとか、「物事は悪いことばかりでない」などの見通しを信じることができないのです。

  2. 子どもの発達は、常に過去の土台の上に
    思春期は、かならず乳幼児期・児童期のあとにきます。決して、もう一度やりなおしはできません。

    子どもの心の構造(それを構成する諸機能を含む) はそれぞれの時期においてかならず過去の獲得物(それがプラスであっても、マイナスであっても)を土台にして形成されています。その構造形成の節目が、いわゆる児童期とか思春期のはじまりというものです。

    登校拒否の中学生などに「赤ちゃんがえり」といわれる現象をみることがあります。学校へ行かないことが容認されることをキッカケにして、幼児っぼい言葉づかいをし、母親の肌に触りたがったりする行動をいうのですが、その様子は、乳幼児期に甘えられなかったさみしさを今急いで取りかえそうとするかのようです。
    それは、当然、異常です。しかし、乳幼児期にしっかりと育てておかねばならなかった「バランスのとれた心の構造」というものの価値を、私たちに教えてくれているのです。子ども時代は、過去をやりなおすことはできません。だからこそ乳幼児期の子育てを重視しているのです。人間は、誕生のその瞬間からその子育てがはじまる。若い親たちに悔いのない子育てを教えたいのです。労働組合も、子育てや家庭の問題に取り組むべきだと思うのです。

  3. 環境に働きかけて育つ主体者としての子ども
    子どもの発達は、環境のなかで受動的ではありません。植物だって環境のなかで自分を変えつつ適応し、生きのびる。受動的なだけでは生きのびることはできません。

    人間の子ども時代も、能動的に生きるための方法を学ぶためにこそ存在するものです。そのような「能動的・自主的に生存する術を学ぶ時期」としての子ども時代が必要でなければ、人間の子ども時代は、かくも長く必要なかったのです。

    子どもは、発達する主体者であり、大人になったときに自立するための主体的な努力をするものです。私たち大人は、その努力する主体者を守る環境の一部であって、決して指導者ではないのです。

子ども時代のルネッサンスを

私たちは、子どもたちに自分のもっている発達の潜在的可能性を、全面的に総合的に開花させて、彼らの大人時代をすばらしいものにしてほしいと願っているわけですが、現代は、それどころか、大人として社会参加することにすら抵抗や問題をもつ若者が多く育っているのです。

このままだと、大人社会にさまざまな精神衛生上の問題を山積させていくでしょう。子ども時代を、変えねばならないのです。かつての子ども時代の健全なあり方を復活させねばならないのです。

私は、労働組合運動のなかでも、労働者の家庭を守る運動と同時に未来の大人の発達を守る「子ども時代のルネッサンスを」運動が必要だと思います。いくつかの要点は以下のとおりです。

子どもの生活リズムの完全な保障

子どもの学童期までは、子どもたちに、定時に眠り、定時に食事をするという生活リズムが保障されることが大切です。これは、社会文化と、社会制度の両面から守る必要があるでしょう。

たとえば、夕方~夜にかけての場合です。子どもが幼児である場合、その子が夜8時ごろには毎晩就床できるためには、家族あるいは協力できる大人が、午後5時半ごろには保育園に迎えにいかなければなりません。
この日、夕方から子どもといっしょに過ごす大人は残業を断わることが保障されなければなりません。子どもは、できれば夕食の前に入浴をすませて、午後7時前後に夕食。
そして、午後8時ごろ、家中の電気が消され、子守歌やお話などの就寝前の儀式があって、子どもは寝つくのです。この3時間ばかりの短い時間は、大人と子どもにとって静かな快い時間です。なぜなら、子どもは保育園でたっぷり遊んできたから。そして、大人は、その子どものおしゃべりを聞くのが、とても楽しいことで、3時間で十分のスキンシップができるのです。

こういう時間のなかで、子どもは、夜になると眠くなるという快い欲求を感じます。気持ちのいい夕食時間を通じて、子どもは家庭の雰囲気というものを学習します。しかもこれは、大人になって、自分の家庭をつくるときに役立ちます。

したがって、大人は、子どもの夕食と就寝時間を確保するために、労働時間の短縮を獲得しなければなりません。。

子ども社会のモノは、最小限に

私たち大人でもそうだといますが、モノが豊富にあると、節約しない、代替で用を足す工夫をしない、少しの時間でも待てないでイライラするものです。

子どもの脳が発達するプロセスでは、リッチであることを学習させる必要はないのです。自分の頭で環境に働きかけて工夫し、待ち、そして得るという作業過程を体験し、自ら獲得したときの喜びを学習させるのです。

かつて、子どもは貧しく大変でした。だから、頭を使い、そのぶん利口になり、応用が効き、また自分の力を試して、自分を信じる機会も体験したわけです。

そして、頭を使い、努力することが苦痛でない大人に育ったのです。では、今、子どもを貧しくすべきか。そうではなく、良質のモノ、必要なモノを最小限に与える文化をつくりだすべきなのです。

たとえば1ダースの鉛筆を与えるよりも、1本の鉛筆と小刀を与える方がいいだろう。腕時計は、デジタルではなくて、アナログの方がいいでしょう。雑記帳は、広告のウラ紙などを使って自分でつくらせるのがいいでしょう、

大人の消費文化をそのまま、子ども社会に持ちこまない文化づくりが必要です。

子どもの遊び相手を機械にさせない

テレビ、テレビゲームは機械です。決して疲れない。夜中でもつきあってくれます。そこには、人間関係のわずらわしさもないのですが、楽しさもありません。

しかし、このような機械は、子どもをひきつけるようにプログラムされています。つまり、消費刺激の論理がある。子どもには、人間関係の楽しさを体験しながら、またわずらわしさをも学習しなければなりません。また、別れのつらさ、会ったときのうれしさ、負けたときのくやしさ、なぐさめてもらったときの気持ちよさなど、いっぱい人間的感情を体験しなければなりません。

テレビでみるおもしろさは、自分を観客にしているので、単純です。テレビゲームも、成功か不成功かと単純な感情体験しかありません。
かつ、機械は、子どもに動物のように動き回ることを保障しません。
また、テレビは、二次元の画面をみるので視機能がきちんと安定するまで、見せてはいけません。

子どもの脳を育てるのは、人間と自然です。ぜいたくなくらいの自然を与えることが大切です。そして、良質の人間関係を与えよます。

機械は、机の上で学習することが自然になった小学校高学年ぐらいから最小限のカリキュラムで使っていいでしょう。こういうテーマも子どもを守る文化運動として展開されねばならないでしょう。

食生活は、家庭文化の基礎である

生活リズムのなかで、食事の位置づけが大切です。まず、子どもが食事を楽しむために、空腹感が十分に保障されねばなりません。
「おなかがすかない」というような不十分な活動、楽しくない人間関係、不規則なリズムでは、子どもの食欲は育ちません。十分な空腹感があってはじめて、子どもは食事を楽しむ。食事を楽しいと思うことが家庭団欒の基礎です。

家庭は、ただエサを食べさせるところではありません。大人になったときに、「私も、自分の子ども時代のときのような家庭をつくりたい」と思い出せるような家庭文化の継承こそ大切なのです。

今の大人は、自分たちの長時間・不規則・過密労働のもとで、自分たちが子ども時代に体験した食卓の文化を、自分の子どもたちに伝える機会を奪われています。
今、幼い子どもを育てている人は、案外家庭の食卓を中心とした文化を体験していない人も多いかもしれません。是非、幼い子どもたちといっしょに、食卓をつくる楽しさを経験し、子どもに継承できる家庭文化をつくりだしていただきたいのです。

虐待の禁止、無条件の愛を

人間だけでなく噛乳類の子どもは、みんなかわいらしく生まれます。愛されることを予定しているのです。幼い子は、当然大人のペースではなく、まさにヨチヨチと世の中にでてきたのです。
そういう弱い幼い子どもを憎く思い、虐待する親が多くなっています。その親たちも、子どもというものがわからず、子どもとつきあえない、かわいそうな人たちでもあります。
彼らも、子ども時代、虐待されたり、いじめられた体験をもつ人が多いのです。しかし、だからといって、親になってしまったが、自分の子どもに再び悲しい体験をさせることを見過ごしていいわけではありません。

子どもには、甘やかしではなく、本当の愛をいっぱい与えなければなりません。虐待は、だれであってもあってはいけまえせん。

校の体罰は禁止されています。当然これは守られねばなりません。子どもへの虐待を防止するためには、特別の援助体制が必要です。公的、私的、いろいろなレベルの親や子どもを守る援助のための組織が生まれる必要があるのです。。

なによりも子どもたちの自由な時間と空間を

かつての「子ども時代」のように、子どもたちは、大人から自由でなければなりません。とくに幼児期から児童期に、もっと自由でなければなりません。大人は、子どもの安全を守るために∵定の目配りは必要であるが、子どもが好奇心をもつ前に敢えてしまったり、安全な「冒険」、正答が出てくる「難問題」を用意してしまってはいけません。

どんなにお金があっても、子どもたちの自由時間を奪うために使ってはいけません。そして子どもたちが、自由に自らの体験のできる安全な空間(自動車を入れない道や街とか、舗装されない運動場とか)を、特別につくることも必要でしょう。こんなふうに考えると、町、づくりの大きな文化運動になるのではないでしょうか。

生きる力を育てるための子育て

子どもが大人になることについて、従来から1つの前提条件がありました。今、そういう前提条件を獲得していない若者が多く存在する現実に直面して、私たちはその前提条件を発見したともいえます。

子どもが大人になるために獲得していなければならない前提条件とは、なにかというと、それは「社会に参加できる」ということです。子どもは、大人になれば当然のこととして社会に参加する。そこで、ひとりひとりの頭のよさや才能や根性などの違いによって社会のなかでの生き方が変わってきます。

だれよりも、うちの子が、社会という大海原をカツコよく生きてほしい、あるいは楽しく生きてほしいなどの願いをこめて、親は、子どもの教育や才能開発に力を入れ、金を使います。
だれもが、子育てをはじめた頃は、「20年後、この子は社会に参加する」というイメージを前提にしている。自分が社会に出たように。

前にもふれましたが、大人は、多くの場合、自分の発達の時代を忘れて、突然大人になったように考えていますまた、自分の性格の特徴が子ども時代の発達のなかで形成されてきたという、そのプロセスを忘れてしまっています。

時々思い出話として「オレの親父は、きびしかったヨ。それがオレの根性の源だ!」とか「お母さんが、いつもボクをかばってくれた。あの無条件の愛は、ほんとうにうれしかった」などと断片的、一面的に思い出すが、それも時々です。

もちろん、あまり自分の過去にこだわりすぎると、むしろ自己否定的な感情を強めてしまうので、どんどん過去を忘れていくのは、それでいいことなのですが。

とにかく、大人は、自分がこうして大人として社会参加できるのは、自分の子ども時代の「社会参加の練習」の積みかさねがあってこそなのだということを忘れています。子どもをめぐる社会環境が、どの世代によってもほとんど変化しない時代は、それでよかった。もう何万年もの間、人間の子どもは、子ども社会で遊びほうけているうちに、無自覚的に社会参加の練習をして、あるとき、突然「大人になったよ」といわれて、大人としての社会に参加するという巣立ち方をしてきたのでしょう。

だから、大人は、自分の子ども時代の体験を忘れてもよかったのです。しかし、現代の子どもの育つ環境は、とくに日本やアメリカなどでは激変している。テレビ、テレビゲームなどの機械的視聴覚刺激、紙オムツヤクーラーなどの人工的環境、超早期教育、豊富な子ども用品、能力主義、消費文化など、大人の生活文明が、まったくチェックされずに子ども社会をおおってしまっています。

さらに生活リズムは崩れ、食生活は乱れ、神経疲労で、子どもの「ストレス抵抗力」は低下しています。こういう子ども社会の質的な変化がおこっているなかで、私たちは、汝ハの世代の大人たちを育てているのです。

だから、私たち自身、どのようにして大人になったか、どのようにして社会参加の力を身につけたか、思い出してみなければならないのです。

そして、今の子どもたちが、将来大人の年齢になったときに、生きいきと勇敢に社会に飛びだしていけるように、子ども時代のあり方も抜本的に変えなければなりません。

子ども時代のあるべき形を、私たちは復活させなければならないと思うのです。

私たちは、なにげなく社会に参加し、一応自立した生活をしてますが、それは才能でも特技でもなく、人間としてあたりまえの条件が満たされているからです。

  1. 群れのなかに安心していられること
  2. 感情のコントロールがしなやかであること
  3. 自律神経系がバランスよく安定していること
  4. などのことです。「会社に就職する」とか「大学でサークルに入る」とか「地域の青年団に入る」とか、大人的なつきあい方ができるためには、この3点ぐらいは当然大事だろうと、どなたも納得されるでしょう。さらに、この3点に、

  5. 自分を肯定的にとらえることができること

をつけくわえたいのです。4は、前述の3点が満足されていれば蛇足のようなものですが、自分の長所や短所を含め、自分というものを「これが私であって、これ以上でも、これ以下でもない。この自分でいいのだ。この自分が好きだ」と、肯定的にとらえられる気持ちになつていることが大事です。

この自己肯定感は、群れのなかにいても自分を安心してみていられる気持ちであり、感情を動揺させないで、したがって、ドキドキしたり不眠症になったりもしない自律神経の安定した状態で、社会参加できる自己感情として大事なのです。

大人として自立するための条件

今、大人になって社会に参加することに不安、恐怖を感じ、あるいは社会に参加する気力や興味がなく、家の中に引きこもり、自分をどう朋扱ったらいいのか、すっかり因っている若者が多いのです。これは、昔の若者たちの様子とは異なります。

「自分は、いかに生きるべきか」と悩んでいるのではありません。精神的な病によって社会を拒否するようになっているわけでもありません。

もちろん、精神病のケースもあるけれども、今、私たちの目の前にいて、私たちの心を悩ませているのは、明確に精神病と診断を想定できないのです、社会不参加のケースである。彼らは、プライドが高くて競争で負けることをきらい、他人の気持ちを敏感にばかり、空想のなかで多く夢を追い、しかし挫折を恐れて行動しない、そんな傾向が強いのです。

外の人の目を極端に意識して、人の前で恥をかきたくないという思いが強く、心にまったく余裕がなく、したがって精神疲労になりやすく、その反面家族に極端に甘えます。それは暴力的に表現されることもある。これらの若者は、「人格障害」とか「境界型人格」とか、あるいは俗っぽく「子ども大人」などといわれて、社会的問題になりつつあります。

どういう名称を与えようと、病気ではないから、病気に対する治療法というようなものが発明されるわけではありません。病気に治療や社会復帰や予防法という共通一般性のある法則を確立することがありうるわけでもないのです。性格とか人格とかいわれる事柄は、すぐれて子ども時代の育ち方の全過程の結果なのです。

大人になってからの性格とか人格の問題は、なにも「人格障害」の若者だけでなく、多くの大人たちの悩みの種です。たとえば、神経質な人は、自分の神経質な性格を直したいと願い、気の小さい性格の人は、気を大きくしたいと悩みます。

つまり、大人になってから、意識的に性格なり人格を変えようと思っても、それは無理なのです。自らを受容し、大人としての社会参加のなかで自分がゆっくりと変化していくのを待たねばならないのです。そして、あるとき、「自分は変わったな」と思うようなときが訪れるのです。

多くの自分の性格に悩み、自分を変えたいと願う大人たちは、このようにして成長していくのす。ところが、ここで述べたような青年たちは、「自らを受容し、大人としての社会参加のなかでゆっくりと自分が変わっていくのを待つ」なんてことができるのでしょうか。

彼らは、あの不登校の子のように社会不参加をきめこんでいますいや、学校の頃は、まだ「いやだ。あそこはいやだ」という拒否する意志もあったかもしれない。しかし、すでに大人になってみると、「いやだ」という前に「こわい」のではないだろう

だから、か。それは、やっぱり社会参加のためには、一定の力、つまり( 生きる力が子ども時代につくられていなければならないということではないでしょうか。

では、大人として社会参加するための、つまり自立のための( 生きる力) とはどんなものでしょうか、私が、多くの社会に参加することに臆病になっている多くの若者たちをみていて、考えたことです。

群れのなかに、安心していられること

集会や街の雑踏などの大勢の集まるところや親戚の集まりや職場などの自分が評価されやすいところで、普通は、多少の緊張や気づかいはあっても、「自分は自分なりに」自分を表現し、楽しみ、義務を果たすものです。しかし、これは、自分というものに対する信頼感、「私はここで自分でなくなってしまうようなことはない」という安心感に裏打ちされているのです。

社会不参加の若者たちは、「だれもボクのことをわかってくれない」とか「みんなはバカみたいに楽しそうだ。ボクだけ不幸だ」などと他人を悪くいうけれども、要するに自分が信じられないのです。他人の目ばかり気になって、自分づくりができかったのです。こういう気持ちでは、群れ(つまり社会である) のなかに自分をおけません。だから、私は( 生きる力)の第一に、「群れのなかでも安心していられること」をあげるのです。

感情のコントロールがしなやか

だれでも喜怒哀楽はあるし、この感情の感受性が生きいきしていないと、人生は豊かにはなりません。うつ病の人の感情の平板化した(悲しいレベルで)状態をみると、この喜怒哀楽の感受性の大切さはよくわかります。

しかし、それらの感情が人間としての理性を経ずにストレートに表出されると、その人の「行動はいわゆる感情的、ヒステリックと許されるような現象になります。

最近いわれる「キレる」というのも、理性を経ない感情の爆発的表出である。いろいろな社会関係のなかで、いろいろな感情体験をするわけですが、悲しみや怒りの感情は理性をくぐて沈静化され、表現の工夫がなされ、喜びや快い感情を高め、自己肯定感に結びつける努力がなされることによって、その人の感情がバランスよくコントロールされるのである。さまざまなストレスのなかにあっても、おだやかな気持ちの社会参加をするために、自らの感情のコントロールが、自らの心のなかでしっかりと行われなければなりません。自分を信頼できない人ほど、簡単に「キレる」のです。そして、自分を不幸だといって悲しみ、人生の喜びを見つけられないのです。

自律神経系がバランスよく安定していること

気持ちよく眠り、気持ちよく目覚め、空腹感があり、食事を楽しむことができ、身体に苦痛がなく、そして生体のリズムが自然のリズムに沿って、気持ちよく毎日が流れていく。その間に仕事がある。仕事はきつくても、夜の団らんと睡眠によって、翌朝にはサッパリとしている。

これが、健康な若者の生活リズムであり、それは自律神経系のリズムです。現代社会のストレスが、このような快い人生をだれにも保障しなくなってしまったのですが、今社会に参加するスタートラインの若者が、すでに自律神経系の不安定な状態では、この社会に生きていくのに支障があるのです。したがって、子ども時代にしっかりと丈夫な、バランスのとれた安定感のある自律神経系を育てなければならないわけです。

子ども時代の意義について

人の一生は、子ども時代、成人時代、老人時代と3つに大きく区分されるのがふつうです。さらに細かく乳幼児期、学童期、思春期、青年期などと、細かく区切ることもあります。

このように区切るのは、それぞれの時期に他の時期と違う特徴があるからでするが、しかし、同時にそれぞれが独立してバラバラに存在するとは誰も考えていません。

乳幼児期のつぎに児童期があることは誰も疑わない事実、人の一生の過程は順序よく段階を踏んですすんでいきます。その過程の順序は、遺伝によって決められているのです。
子ども時代につづいて成人期がくること、そしてついで老人期がくることは、一度も狂ったことがありません。あなたの子どもは、かならず大人になり、あなたはかならず老人になる(突発的なことで死なないかぎりは)。

なぜ、こんなわかりきったことについて振り返るのかというと、多くの大人はこの世に現われてすぐ大人になってしまって、ここにいるように思いがちだからです。

自分の子ども時代なんてまるでなかったかのように、堂々と大人をふるまっています。現在の自分をつくりあげた子ども時代のことを棚にあげて、自分の子どもに接していることが多いのではないでしょうか?

それだけではありません。人の扱われ方そのものが、社会的に、たとえば医療の世界においてすらも、それぞれの区切りが絶対的な断絶になってしまっていることがあります。

たとえば、小児科と内科の断絶です。内科と外科のように治療方法論の違いで、そこに境界があるのだとしたら、それは納得できることですが、小児科と内科は、同じ個人を年齢で区切っているだけでする。

小児科の乳幼児期は、独特ですが、学童・思春期となれば、構造的にはほとんど質的な違いはありません。小児期から成人へは、はっきり連続していることを認めることができます。

さて、そこで、あらためて強調したいことは、働くもの、つまり勤労者の健康は、子ども時代の獲得物を土台につくられていくものです。さらに、老年期は、子ども時代の獲得物の上につくられた獲得物によって形づくられるのです。

あなたのその生活の仕方、その性格、その体質は、親から遺伝されたものよりも数百倍も多く子ども時代の産物なのです。あなたが、今育てている子どもの生き方や、ものの考え方は、多分、その子が大人になったときの生活のあり方を規定するでしょう。

あなた自身が、あなたの子ども時代の育ち方の結果であるように、あなたの子どもも、大人になって魔法にかかったように人格がかわるわけではないのです。子ども時代の体験学習(それは物質的に豊かであったか、貧しかったか。幸せであったか、悲しい体験が多かったか、大事にされたか、のけもののように扱われたかなど) によって、加大人としての人格はできあがります。

子ども時代の生活体験が多様であればあるほど、大人にななってからの人格も多様である。私たち大人は、周囲を見わたしてみて、1人として同じ性格の人のいないことに驚くくらいです。
性格テストなどでふるい分けをしたら、共通項などを見つけることはできるけれども、つきあってみれば決して同じという人はいません。

それは、子ども時代の生活体験の違いによるのである。人間の20年という子ども時代は、人間(それは大人である) の性格をつくる過程といってもよいでしょう。

それは前頭葉を中心とする大脳皮質の発達でもあります。子ども時代に発達した大脳、その表現型である性格をもって、大人になったときに、個性ある人間となります。その個性的な性格をもって、人間は社会のなかで生きていきます。それが自立です。

子ども時代は、その人の大人になってからの自立度、つまりさまざまなストレスのなかでどれだけ上手に生きいきと生きていけるかという能力を育成する重要な歴史的な時期なのです。
私たちのように、それなりに自立している大人からみると、「自分の性格がどのように形成されてきたか」などということに関心を払わないことが多々あります。

しかし、現在、知的レベルも高く学歴も相当ありながら、年齢は大人になっても社会参加抵抗があり、自立していない若者が増えているようです。

そして、彼らは、子ども時代の性格形成期に自分にマイナスの影響を与えた事柄や自分の体験のなかに愛情や友情などのプラスの体験があまりに少なかったことも思いだし、繰りかえし悩むのです。
それなりに自立できた大人にとっては、子ども時代はたんなるなつかしい思い出にすぎないことが多いが、十分に自立できない若者たちにとっては、それはできることならリセットして、まったく違うストーリーにつくり変えたい暗い体験だったりすることが多いのです。ここで、何人かの若者の例です。

大人として自立することのつまずき

大企業に就職したが、退職してフリーターが続かない

O君は、28歳。6年前にある有名な私立大学を卒業して、ある大企業に就職したのだが、「肌に合わない」といって、半年くらいで退職してしまいました。その後しばらく休んでウェーターのアルバイトをはじめました。まわりの人は「大卒で、どうしてこんなバイトをするのか」と聞きます。
「大学院を受けるためのつなぎ」という言い訳をしてごまかしていましたが、そうすると、いつまでもバイトに集中しているわけにもいかず、「受験勉強するから」とバイトもやめてしまいました。

それからも、小遣い稼ぎ程度にバイトをしながら、しかし、どこでも充実感の味わえない日々を送ってきました。「ここにいるのは本当の自分ではない。僕は、こことは違うどこかにいるべきではないか」などと考えるが、それは想像しても見えてこないのです。
多くのまわりの大人は、「人生は、1ヶ所に辛抱しないと道はみえてこないものだ。もっと1つの仕事を長くつづけなさい」というけれど、長くつづける情熱がわいてこないのです。

「すばらしい出会いがあるのではないか」と思って期待していくが、たとえガールフレンドができても、つき合っているうちに、つまらなくなって別れてしまう始末。

なにごとにも夢中になれない。精神科医やカウンセラーに相談したこともありますが、精神科医は、「軽いうつだろう」といって抗うつ剤をくれたが、どうも飲む気がしなくて、やめてしまいました。

カウンセラーは「話をきくだけで、何の指示も与えないので、逆にカウンセラーの考えをこちらが詮索するようになって疲れてしまいました。

というわけで、これもやめてしまいました。インドヘ1ヶ月くらい旅行したことがありました。このときは、「どんな生き方をしてもいいんだ」と割りきれて、気持ちが楽になって帰ってきました。
結局、28歳の現在まで、1年の3分の1くらい働いて、あとはのんびりしています。この「怠惰」であることをのぞけば、まったくふつうの青年である。親も、心配してきつく注意したりするとだまって自室に入ってしまうので、もうなにもいわなくなってしまいました。

「どこかで本人自身が転機をつかむしかないのであろうしと、今はあきらめています。O君は、こんなふうに語ります。「僕自身どうしていいかわからない。こういう傾向は中学生のころからあったと思います。

そのころは勉強もできたし、目標がありましたた。高校受験とか大学受験とか。本当は受験はステップなんだろうけど、僕にはゴールでした。
だから僕には生きるパッションみたいなものが育っていないのではないのでしょうか。
受験などをソツなくこなしていくテクニックはそれなりに身につけています。
これは、薬で治るものではないと思います。自分の性格なんだと思います。時々つらくなって、死にたいと思います。よく友だちには、自分に対してくやしがったり、イラついたりすると壁をぶったりするといっているヤツもいますが、僕は、そんなエネルギーもないのです。友だちとは軽いノリでつきあえるけど、べったりする関係はたまらないと思う…と。

不登校から家庭暴力へ

P君は、今は20歳。中学時代から、朝登校前になると腹痛があり、学校をよく休みました。高校で気分一新するつもりでしたが、当初から友だちがうまくつくれず、そのことがプレッシャーになって、1学期の5月ごろから休むようになりましたた。親が心配して部屋をのぞくと、「ウルセィ」といって、物をなげつけました、壁やドアを破るなどして大暴れしました。親があたらずさわらず
にすると、「なぜ起こさなかったのか」とか「(夜中に)C Dを買ってこい」などと文句や要即求をつきつけて暴れるようになりました。

とくに母親や妹に村して暴力的ででした。父親が意見すると、父親が会社にいっていないときに「あいつにチクッたな」といって、また母親に乱暴しました。

「こんなふうに学校へいけないのは、お前の育て方が悪いのだ」といって、過去のいろいろつらかったことを訴えて母親を責めるのです。
母親が謝れば、「謝ればすむと思うのか」とどなり、黙っていれば、「土下座して、100回謝まれ」と強要します。

こんなふうな家庭内暴力が3年間もつづき、高校は中退し、働きにでることもなく、家の中に同居しています。1年前に、父母が私のところに相談にみえました。
母親は、すでに神経症的状態でした。私の指導の基本は、暴力というコミュニケーションが家庭のなかで効果があってはいけない。暴力を振るわれたら逃げること。決して要求をのむな。暴力で暴力を抑えこむのもよくない(よく父親は、P君ととっくみ合いをしていた)。

親は非暴力、非干渉、非服従をつらぬくこと、でした。もちろん、それぞれの具体的な場面での対応も考えていかねばならないのですが、この基本を絶対にはずさないことがカギです。P君は、その後の1年間、暴力を振るわなくなりました。暴力という感情を激発させる行動がなくなってはじめて、人間は内省的になります。P君は、今、とても悩んでいます。しかし、それをまだ言葉にできないのです。20歳の誕生日に、母親がデコレーションケーキを買ってきて、妹と3人で祝いました。

P君は、久しぶりにうれしそうでした。ところが、父親が急いで帰ってきたら、P君はその場を立って自分の部屋に入ってしまいました。

まだ父親との心の交流はできていないのです。力の支配がこの家庭のなかに長く存在していた後遺症なのです。家のなかでは、父親が暴君であったP君は、依然として外には出られないのです。

群れのなかに入ると緊張してしまうのです。「僕は、いじめられないだろうか」という恐怖が走ってしまいます。だから、外出すると、とても疲れてしまうのです。あの神経疲労です。

P君のように登校渋りや、登校拒否を経験した子は、きわめて神経疲労におちいりやすいという特徴があります。たとえば、小さな集まりなどに出席しても、気づかれして急に口をきくのもいやになったり、イライラしたりします。

またそれに頭痛とむかつきなどの自律神経症状をともなう場合があります。これが神経疲労の症状であるが、そんな症状になる自分が腹だたしく、またいやになってしまいます。人にいやな感じを与えたのではないかと怖くなってしまうのです。そして、つぎにはそういう場に参加することができなくなるのです。
P君には、まだ社会参加の力が満ちてきていないのです。自立への道はまだ遠いといわねばなりません。

電車のなかで胸が苦しくなり不安神経症に

Nさんは、23歳。高校卒業後に、小さい会社の事務員として働いていました。明るくて気転のよくきく、頼られる女子事務員でした。

20歳のとき、会社の決算で夜遅くまで残業をして神経が疲れていたころ、友だちと遊びにいく電車のなかで急に胸が苦しくなっってしまいました。
息ができなくなり死んでしまうような恐怖にかられてしまいました。
はじめてのことで怖くなって、電車を止めたい気持ちでした。つぎの駅でおりて、駅長室にかけこんで、病院へ救急車でいった。病院で検査をしましたが異常なし。

過呼吸症候群といわれました。「命にはかかわらない、神経的なもの」といわれましたが、納得できませんでした。電車に乗ると、また起こるのではないかと思うと、実際に動悸がし、不安になってくるのです。

その後も、電車に乗ることを試みるのだが、そのつど実際に具合が悪くなるので、ますます自信をなくしていくの悪循環でした。その後、あちこちの病院を受診し、どこでも「気のせいです」と、器質的異常のないことを保障されています。

だから、頭では大丈夫ということはわかっているのだが、やはり電車に乗れない。電車恐怖症なのです。結局N さんは、この3年間、電車に乗る遠出をしていません。家族同伴の自動車の場合は比較的安心です。すぐ病院をさがしてそこに急行できるから。ところが、田舎はいけない。病院がそんなに多くは存在しないというイメージによって、ブロックされているのです。
彼女は、結局仕事をやめて、家事を手伝ったりしているが、いつも「いつ発作がおきるのだろうか。このように心配していて大丈夫だろうか?という気持ちで、多くの楽しみ、友だちとの遊びや旅行などを犠牲にしています。

Nさんのような不安神経症(類似の病名としては過呼吸症候群やパニック障害など、それぞれの疾病概念の境目があいまいなまま使用されている) が非常に増えています。
パニック障害についてはこちら。

過密な時間のストレスのなかで、ゆったりとしたテンポが失われ、いつも交感神経緊張がつづき、ふとしたことがきっかけで、不安・恐怖・パニックの← 理にとらわれてしまうのです。

もっとゆったりとした時間のリズムの流れのなかでは、このような不安・恐怖・パニックは多分少ないでしょう。また、たとえ起こったとしても、ゆっくりとした時間が、それを十分に癒してくれたでしょう。

Nさんは、とても有能な事務員であったが、この不安神経症のために、働くことができません。彼女に本当の安心感を与えられるのは、今のところ、恋人と医者だけです。こういう不安や極度の心配によって行動が制止されてしまう神経症も、社会的自立への障害物となるわけです。

自殺の予防

自殺念慮症候群ともなると、周りからもいつもと様子がちがうとわかるはずです。しかし、仕事上の打ち合わせだけだったり、業務はファックスで、面と向かって話し合うのはクレームの出たときだけというような、人間関係が粗末であると、「ちょっと元気がないな」という程度にしかわからないでしょう。

本人もできるだけ、周りに迷惑をかけないようにと思っているので、いつも暗い顔をしているわけではありません。われわれは、もっとお互いの個性がみえるような人間関係をつくらねばならないのです。

自ら自我意識を狭くしている人々には、「つらいときにはカウンセラーのところにいきなさい」とか「医者にかかりなさい」といっても、そのまま素直に通じるわけではありません。

それぞれの個性で悩みを打ち明けたり励ましあったりする関係を、どう構築していくのか。働く人々全体の大きい問題であると同時に、身近に悩んでいる人々を助ける具体的な問題でもあります。

このような個性的な人間関係が最大保障できるのは、家庭です。この大不況のときに、多くの自殺者、さらにその準備状態である「うつ病」や「神経疲労」が増えている現実のⅠつの背景に、現代日本の家庭の憩い、そして癒しの機能がきわめて低下していることもあるでしょう。

この機会に労働時間を短縮し、家庭ですごす時間を増やし、子どもと十分交流できる時間をつくることが、心身の健康を回復し、将来に少しでも希望をもつチャンスになるのではないでしょうか。

労働者、とくに中高年の自殺を防ぐには、労働者の生活意識を変え、家庭に帰る時間を確保する運動を強めると同時に、身近なところで、孤独に問讐解決しょうとするのではなく、心を柔軟に開くことを、お互いに確認しあう取り組みも必要といえるでしょう。

自殺念慮と自殺前症候群

人々には社会の大きな変動によって自らの身辺が動揺するとき、心理的・生理的に打撃をうけ、憂鬱、焦燥、絶望、孤独、無力感などを感じる「うつ状態」に陥ってしまうのです。

しかし、多くの人々は、周囲の援助や励まし、あるいはふとした発想の転換や自らのがんばりなどによって、なんとか事態の変化に気持ちを順応させます。そのときは、あとになって、「あのとき、よくも自殺しないでがんばったものだ」と、自ら振りかえることもあるくらい、必死に前向きに生きているのだろうと思われます。

この無我夢中でがんばるということが、さまざまな困難な新しい事態にぶつかったときに、大切な( 生きる力)なのですが、さきほど述べたような、神経疲労の状態にあるとか、プライドや競争意識によって思考の柔軟性を失っていると、この「無我夢中でがんばる」力が脚なかったり、困難が限りなく大きく見えたりして、自己否定的な気分を強く感じるようになってしまうのです。

そんなときに襲うのが自殺念慮である。自殺念慮というのは、「自殺したい」「自殺したほうが楽ではないか」という思いにとらわれることです。
自殺念慮自体、正常な心理状態ではないのだが、案外多くの人が体験しているものです。たとえ、そう思ったとしても、「自殺したいなんて、そんなことを考えるなんて、私はどうかしている」とか「そんなマイナス思考では何も解決しない」とか、自ら否定して、立ちなおる人もいますし、いつまでも、「死んだほうがいいのだ」という自己否定の感情に悩まされる人人もいます。

しかし、このような自殺念慮があったからといって、人は自殺するものではないのです。自殺念慮は、「私はダメな人間だ」とか「私は、どうせ役立たずなのだ」という自己否定の感情と同じぐらいに世の中には存在すると考えた方がよいでしょう。

しかし、それに対抗する意識「そんな弱気ではダメだ」「自分がしっかりしなくてはならない」などの自分を激励する感情もまた存在するのです。この自殺念慮を克服する力を、しっかりともっていることが重要なことです。
ところが、自らを激励し、乗りこえていく力が弱って、自殺が決行されるのには、概して受動的な気持ちになっており、そこに一種の強い力が働くようです。

中高年の自殺でよく聞く話は、「遺書もなく、明日の仕事の準備もしてあって、普段と変わりなかったのに」といわれるような発作的な自殺が多いのです。

「私は、これこれの理由で死を選ぶのです」などという文書を書く余裕などはない(もし余裕があったら、自殺念慮に打ち勝つポジティブな思考が働いたであろうと思われる) のです。
そこに、何らかの強制的な病的な心理メカニズムがあると考えられます。その心理メカニズムを明瞭に表現することはできないが、自殺未遂者が振りかえって述べていることなどから、現在、つぎのような自殺前症候群というものが考えられています。

自我意識の狭小化

まず、自我意識についてです。それは自分は自分であるという1つの確信です。「自分は(未熟であっても)がんばれる」「自分はなんとかなる」という自分の可能性を信じて、落ち着いている自分の意識といえばいいでhそうか?

多少ドキドキしたり、ハラハラしたりしても、深呼吸を1つして、「よし、やるぞ」などと自分を激励している自分。そのような自分の自覚です。健康なときは、この自我意識というものは外に向かって開かれており、まわりの変化を受けとめながら、他人と交流し、さまざまな栄養を吸収している発展的なイメージです。
そして、そんなときは、とてもこの自分を大事にしたいと思うものです。

ところが、自殺前症候群にあっては、この自我は、このように外に向かって開かれておらず、中へ中へと閉じこもろうとしている状態です。「自分はだめなのだ」「価値のない人間だ」「みんなとまじわれる値うちはないのだ」と、自分をとても微小な存在とみなしてしまいます。
「この仕事でも、自分はいなくてもいい存在だ」と信じるようになります。感情もマイナスの方向に向いており、周囲の事物への関心もうつろになってしまいます。

対人関係の狭小化

日常的な仕事の話はできるけれども、感情を込めてつきあうというような人間関係はどんどん狭くなっていきます。家族とも、感情的な交流ができないのです。

たとえば、妻などには、「疲れた」とか「もうダメかもしれない」とか本音をもらすけれども、一方的である。たとえば、妻が「がんばってちょうだい」といっても「無理をしないでいいよ」といっても、本人の思考にはあまり影響しないのです。
ある意味では自閉的になっている。ごく限られた人(妻ら)に一方的に話すことはあっても、意見を聞いて会話にするという余裕がない。
だから、対人関係はとても狭くなる。その結果、また「自分には、誰も相談する人がいない」とか「自分はひとりぼっちだ」といって、自分に対する確信がますます弱くなるのです。

価値観の狭小化

今まで生計の中心になってきた日本の中高年男性の場合は、とくに社会的な価値観を強く自覚していました。「自分のがんばりが、会社の業績を伸ばすのだ」「自分が会社の新しい分野を開拓するのだ」「自分が、妻子に不自由のない生活をさせているのだ」「自分がいなかったら、仕事が止まる」など、会社における成績を上げることで存在意義を自ら確認することができるという価値観が、彼らの自我意識を支えてきたといえるかもしれません。

もっと自然に自我意識をつくればいいのだが、日本の高度経済成長の下でつくられた競争原理、会社主義などによって、多くの人々は、社会的地位や社会的評価によって自分を決める癖がついてしまいました。

ところが、過去の業績はともかく、今からどれだけ役に立つかなど、従来の貢献度の基準はなくなってしまいました。自分が頼りにしてきた価値観が外側から崩されてしまったのです。

健康な人は、多くの価値観をもち、柔軟に自己点検をして、自我意識の崩れるのを予防するのだが、あくまでも社会的評価や競争原理にこだわっていると、それがどんどん無価値なものに思えてくるけれども、それに代わるものを見出せないのです。
そして、「自分は、役に立たない人間だ」「とくに、自分が存在する理由はないのだ」などと、自己否定の感情を促進することになるのです。

自殺への幻想

健康なときは、「自殺は怖い」「死ぬくらいならどんな苦労もできる」などと考える。自殺を罪悪視する対応感情も強く、自殺は遠い存在です。
しかし、自殺前症候群になると、自殺はさほど遠いものではなくなってしまいます。

「気持ちが楽になる」「長い眠り」「永遠の解放」などとソフトにイメージされています。それほど強く抵抗しなければならないほどのものではないかと思えるようになります。
「自分だけ楽になるのは卑怯だ」とか「あとに迷惑をかけるのはすまないな」とか、わずかな抵抗はあります。

だから、遺書は、短く「ゴメン」とか「許してください」とか、簡単なものになります。現実に乗りこえるのには、あまりに大きなエネルギーを必要とする困難があり、信じるべき自我はあまりに小さく、社会的に自分を生かす必要も感じられず、かつ、すぐ身近に「楽になる道」があると思えるとき、自殺はささいなキッカケで決行されてしまいます。

そのキッカケは、そんなに大きなものでなくてもいいのです。かならずしも、つらいことや過大なことだけがキッカケになるのではないのです。
長い間の苦労が実って、ホッと一息ということもキッカケになることもあります。自殺前症候群からかならず自殺が起こるわけでもありません。
いろいろのキッカケ(家人が気づいたり、本人が自殺の幻想からふと覚めたり) で、病院で受診して、助かる人なども非常に多いと思います。

そういう場合、診断は、「(自殺念慮もあった)うつ病」ということで終わるのです。以上からいえることは、自殺念慮があっても、人は自殺するのではないのです。
自殺が決行されるときの病的な心理状態が、ポイントになる。この自殺前症候群におちいったとしても、かなり多くの人は決行せず、決行しても未遂で終わっていると思われます。

しかし、今回の統計のように、既遂例がこんなに増えているのは、決行手段がきっと確実な方法をとられているケースだろうと思われます。