子ども時代の意義について

人の一生は、子ども時代、成人時代、老人時代と3つに大きく区分されるのがふつうです。さらに細かく乳幼児期、学童期、思春期、青年期などと、細かく区切ることもあります。

このように区切るのは、それぞれの時期に他の時期と違う特徴があるからでするが、しかし、同時にそれぞれが独立してバラバラに存在するとは誰も考えていません。

乳幼児期のつぎに児童期があることは誰も疑わない事実、人の一生の過程は順序よく段階を踏んですすんでいきます。その過程の順序は、遺伝によって決められているのです。
子ども時代につづいて成人期がくること、そしてついで老人期がくることは、一度も狂ったことがありません。あなたの子どもは、かならず大人になり、あなたはかならず老人になる(突発的なことで死なないかぎりは)。

なぜ、こんなわかりきったことについて振り返るのかというと、多くの大人はこの世に現われてすぐ大人になってしまって、ここにいるように思いがちだからです。

自分の子ども時代なんてまるでなかったかのように、堂々と大人をふるまっています。現在の自分をつくりあげた子ども時代のことを棚にあげて、自分の子どもに接していることが多いのではないでしょうか?

それだけではありません。人の扱われ方そのものが、社会的に、たとえば医療の世界においてすらも、それぞれの区切りが絶対的な断絶になってしまっていることがあります。

たとえば、小児科と内科の断絶です。内科と外科のように治療方法論の違いで、そこに境界があるのだとしたら、それは納得できることですが、小児科と内科は、同じ個人を年齢で区切っているだけでする。

小児科の乳幼児期は、独特ですが、学童・思春期となれば、構造的にはほとんど質的な違いはありません。小児期から成人へは、はっきり連続していることを認めることができます。

さて、そこで、あらためて強調したいことは、働くもの、つまり勤労者の健康は、子ども時代の獲得物を土台につくられていくものです。さらに、老年期は、子ども時代の獲得物の上につくられた獲得物によって形づくられるのです。

あなたのその生活の仕方、その性格、その体質は、親から遺伝されたものよりも数百倍も多く子ども時代の産物なのです。あなたが、今育てている子どもの生き方や、ものの考え方は、多分、その子が大人になったときの生活のあり方を規定するでしょう。

あなた自身が、あなたの子ども時代の育ち方の結果であるように、あなたの子どもも、大人になって魔法にかかったように人格がかわるわけではないのです。子ども時代の体験学習(それは物質的に豊かであったか、貧しかったか。幸せであったか、悲しい体験が多かったか、大事にされたか、のけもののように扱われたかなど) によって、加大人としての人格はできあがります。

子ども時代の生活体験が多様であればあるほど、大人にななってからの人格も多様である。私たち大人は、周囲を見わたしてみて、1人として同じ性格の人のいないことに驚くくらいです。
性格テストなどでふるい分けをしたら、共通項などを見つけることはできるけれども、つきあってみれば決して同じという人はいません。

それは、子ども時代の生活体験の違いによるのである。人間の20年という子ども時代は、人間(それは大人である) の性格をつくる過程といってもよいでしょう。

それは前頭葉を中心とする大脳皮質の発達でもあります。子ども時代に発達した大脳、その表現型である性格をもって、大人になったときに、個性ある人間となります。その個性的な性格をもって、人間は社会のなかで生きていきます。それが自立です。

子ども時代は、その人の大人になってからの自立度、つまりさまざまなストレスのなかでどれだけ上手に生きいきと生きていけるかという能力を育成する重要な歴史的な時期なのです。
私たちのように、それなりに自立している大人からみると、「自分の性格がどのように形成されてきたか」などということに関心を払わないことが多々あります。

しかし、現在、知的レベルも高く学歴も相当ありながら、年齢は大人になっても社会参加抵抗があり、自立していない若者が増えているようです。

そして、彼らは、子ども時代の性格形成期に自分にマイナスの影響を与えた事柄や自分の体験のなかに愛情や友情などのプラスの体験があまりに少なかったことも思いだし、繰りかえし悩むのです。
それなりに自立できた大人にとっては、子ども時代はたんなるなつかしい思い出にすぎないことが多いが、十分に自立できない若者たちにとっては、それはできることならリセットして、まったく違うストーリーにつくり変えたい暗い体験だったりすることが多いのです。ここで、何人かの若者の例です。

大人として自立することのつまずき

大企業に就職したが、退職してフリーターが続かない

O君は、28歳。6年前にある有名な私立大学を卒業して、ある大企業に就職したのだが、「肌に合わない」といって、半年くらいで退職してしまいました。その後しばらく休んでウェーターのアルバイトをはじめました。まわりの人は「大卒で、どうしてこんなバイトをするのか」と聞きます。
「大学院を受けるためのつなぎ」という言い訳をしてごまかしていましたが、そうすると、いつまでもバイトに集中しているわけにもいかず、「受験勉強するから」とバイトもやめてしまいました。

それからも、小遣い稼ぎ程度にバイトをしながら、しかし、どこでも充実感の味わえない日々を送ってきました。「ここにいるのは本当の自分ではない。僕は、こことは違うどこかにいるべきではないか」などと考えるが、それは想像しても見えてこないのです。
多くのまわりの大人は、「人生は、1ヶ所に辛抱しないと道はみえてこないものだ。もっと1つの仕事を長くつづけなさい」というけれど、長くつづける情熱がわいてこないのです。

「すばらしい出会いがあるのではないか」と思って期待していくが、たとえガールフレンドができても、つき合っているうちに、つまらなくなって別れてしまう始末。

なにごとにも夢中になれない。精神科医やカウンセラーに相談したこともありますが、精神科医は、「軽いうつだろう」といって抗うつ剤をくれたが、どうも飲む気がしなくて、やめてしまいました。

カウンセラーは「話をきくだけで、何の指示も与えないので、逆にカウンセラーの考えをこちらが詮索するようになって疲れてしまいました。

というわけで、これもやめてしまいました。インドヘ1ヶ月くらい旅行したことがありました。このときは、「どんな生き方をしてもいいんだ」と割りきれて、気持ちが楽になって帰ってきました。
結局、28歳の現在まで、1年の3分の1くらい働いて、あとはのんびりしています。この「怠惰」であることをのぞけば、まったくふつうの青年である。親も、心配してきつく注意したりするとだまって自室に入ってしまうので、もうなにもいわなくなってしまいました。

「どこかで本人自身が転機をつかむしかないのであろうしと、今はあきらめています。O君は、こんなふうに語ります。「僕自身どうしていいかわからない。こういう傾向は中学生のころからあったと思います。

そのころは勉強もできたし、目標がありましたた。高校受験とか大学受験とか。本当は受験はステップなんだろうけど、僕にはゴールでした。
だから僕には生きるパッションみたいなものが育っていないのではないのでしょうか。
受験などをソツなくこなしていくテクニックはそれなりに身につけています。
これは、薬で治るものではないと思います。自分の性格なんだと思います。時々つらくなって、死にたいと思います。よく友だちには、自分に対してくやしがったり、イラついたりすると壁をぶったりするといっているヤツもいますが、僕は、そんなエネルギーもないのです。友だちとは軽いノリでつきあえるけど、べったりする関係はたまらないと思う…と。

不登校から家庭暴力へ

P君は、今は20歳。中学時代から、朝登校前になると腹痛があり、学校をよく休みました。高校で気分一新するつもりでしたが、当初から友だちがうまくつくれず、そのことがプレッシャーになって、1学期の5月ごろから休むようになりましたた。親が心配して部屋をのぞくと、「ウルセィ」といって、物をなげつけました、壁やドアを破るなどして大暴れしました。親があたらずさわらず
にすると、「なぜ起こさなかったのか」とか「(夜中に)C Dを買ってこい」などと文句や要即求をつきつけて暴れるようになりました。

とくに母親や妹に村して暴力的ででした。父親が意見すると、父親が会社にいっていないときに「あいつにチクッたな」といって、また母親に乱暴しました。

「こんなふうに学校へいけないのは、お前の育て方が悪いのだ」といって、過去のいろいろつらかったことを訴えて母親を責めるのです。
母親が謝れば、「謝ればすむと思うのか」とどなり、黙っていれば、「土下座して、100回謝まれ」と強要します。

こんなふうな家庭内暴力が3年間もつづき、高校は中退し、働きにでることもなく、家の中に同居しています。1年前に、父母が私のところに相談にみえました。
母親は、すでに神経症的状態でした。私の指導の基本は、暴力というコミュニケーションが家庭のなかで効果があってはいけない。暴力を振るわれたら逃げること。決して要求をのむな。暴力で暴力を抑えこむのもよくない(よく父親は、P君ととっくみ合いをしていた)。

親は非暴力、非干渉、非服従をつらぬくこと、でした。もちろん、それぞれの具体的な場面での対応も考えていかねばならないのですが、この基本を絶対にはずさないことがカギです。P君は、その後の1年間、暴力を振るわなくなりました。暴力という感情を激発させる行動がなくなってはじめて、人間は内省的になります。P君は、今、とても悩んでいます。しかし、それをまだ言葉にできないのです。20歳の誕生日に、母親がデコレーションケーキを買ってきて、妹と3人で祝いました。

P君は、久しぶりにうれしそうでした。ところが、父親が急いで帰ってきたら、P君はその場を立って自分の部屋に入ってしまいました。

まだ父親との心の交流はできていないのです。力の支配がこの家庭のなかに長く存在していた後遺症なのです。家のなかでは、父親が暴君であったP君は、依然として外には出られないのです。

群れのなかに入ると緊張してしまうのです。「僕は、いじめられないだろうか」という恐怖が走ってしまいます。だから、外出すると、とても疲れてしまうのです。あの神経疲労です。

P君のように登校渋りや、登校拒否を経験した子は、きわめて神経疲労におちいりやすいという特徴があります。たとえば、小さな集まりなどに出席しても、気づかれして急に口をきくのもいやになったり、イライラしたりします。

またそれに頭痛とむかつきなどの自律神経症状をともなう場合があります。これが神経疲労の症状であるが、そんな症状になる自分が腹だたしく、またいやになってしまいます。人にいやな感じを与えたのではないかと怖くなってしまうのです。そして、つぎにはそういう場に参加することができなくなるのです。
P君には、まだ社会参加の力が満ちてきていないのです。自立への道はまだ遠いといわねばなりません。

電車のなかで胸が苦しくなり不安神経症に

Nさんは、23歳。高校卒業後に、小さい会社の事務員として働いていました。明るくて気転のよくきく、頼られる女子事務員でした。

20歳のとき、会社の決算で夜遅くまで残業をして神経が疲れていたころ、友だちと遊びにいく電車のなかで急に胸が苦しくなっってしまいました。
息ができなくなり死んでしまうような恐怖にかられてしまいました。
はじめてのことで怖くなって、電車を止めたい気持ちでした。つぎの駅でおりて、駅長室にかけこんで、病院へ救急車でいった。病院で検査をしましたが異常なし。

過呼吸症候群といわれました。「命にはかかわらない、神経的なもの」といわれましたが、納得できませんでした。電車に乗ると、また起こるのではないかと思うと、実際に動悸がし、不安になってくるのです。

その後も、電車に乗ることを試みるのだが、そのつど実際に具合が悪くなるので、ますます自信をなくしていくの悪循環でした。その後、あちこちの病院を受診し、どこでも「気のせいです」と、器質的異常のないことを保障されています。

だから、頭では大丈夫ということはわかっているのだが、やはり電車に乗れない。電車恐怖症なのです。結局N さんは、この3年間、電車に乗る遠出をしていません。家族同伴の自動車の場合は比較的安心です。すぐ病院をさがしてそこに急行できるから。ところが、田舎はいけない。病院がそんなに多くは存在しないというイメージによって、ブロックされているのです。
彼女は、結局仕事をやめて、家事を手伝ったりしているが、いつも「いつ発作がおきるのだろうか。このように心配していて大丈夫だろうか?という気持ちで、多くの楽しみ、友だちとの遊びや旅行などを犠牲にしています。

Nさんのような不安神経症(類似の病名としては過呼吸症候群やパニック障害など、それぞれの疾病概念の境目があいまいなまま使用されている) が非常に増えています。
パニック障害についてはこちら。

過密な時間のストレスのなかで、ゆったりとしたテンポが失われ、いつも交感神経緊張がつづき、ふとしたことがきっかけで、不安・恐怖・パニックの← 理にとらわれてしまうのです。

もっとゆったりとした時間のリズムの流れのなかでは、このような不安・恐怖・パニックは多分少ないでしょう。また、たとえ起こったとしても、ゆっくりとした時間が、それを十分に癒してくれたでしょう。

Nさんは、とても有能な事務員であったが、この不安神経症のために、働くことができません。彼女に本当の安心感を与えられるのは、今のところ、恋人と医者だけです。こういう不安や極度の心配によって行動が制止されてしまう神経症も、社会的自立への障害物となるわけです。

自殺の予防

自殺念慮症候群ともなると、周りからもいつもと様子がちがうとわかるはずです。しかし、仕事上の打ち合わせだけだったり、業務はファックスで、面と向かって話し合うのはクレームの出たときだけというような、人間関係が粗末であると、「ちょっと元気がないな」という程度にしかわからないでしょう。

本人もできるだけ、周りに迷惑をかけないようにと思っているので、いつも暗い顔をしているわけではありません。われわれは、もっとお互いの個性がみえるような人間関係をつくらねばならないのです。

自ら自我意識を狭くしている人々には、「つらいときにはカウンセラーのところにいきなさい」とか「医者にかかりなさい」といっても、そのまま素直に通じるわけではありません。

それぞれの個性で悩みを打ち明けたり励ましあったりする関係を、どう構築していくのか。働く人々全体の大きい問題であると同時に、身近に悩んでいる人々を助ける具体的な問題でもあります。

このような個性的な人間関係が最大保障できるのは、家庭です。この大不況のときに、多くの自殺者、さらにその準備状態である「うつ病」や「神経疲労」が増えている現実のⅠつの背景に、現代日本の家庭の憩い、そして癒しの機能がきわめて低下していることもあるでしょう。

この機会に労働時間を短縮し、家庭ですごす時間を増やし、子どもと十分交流できる時間をつくることが、心身の健康を回復し、将来に少しでも希望をもつチャンスになるのではないでしょうか。

労働者、とくに中高年の自殺を防ぐには、労働者の生活意識を変え、家庭に帰る時間を確保する運動を強めると同時に、身近なところで、孤独に問讐解決しょうとするのではなく、心を柔軟に開くことを、お互いに確認しあう取り組みも必要といえるでしょう。

自殺念慮と自殺前症候群

人々には社会の大きな変動によって自らの身辺が動揺するとき、心理的・生理的に打撃をうけ、憂鬱、焦燥、絶望、孤独、無力感などを感じる「うつ状態」に陥ってしまうのです。

しかし、多くの人々は、周囲の援助や励まし、あるいはふとした発想の転換や自らのがんばりなどによって、なんとか事態の変化に気持ちを順応させます。そのときは、あとになって、「あのとき、よくも自殺しないでがんばったものだ」と、自ら振りかえることもあるくらい、必死に前向きに生きているのだろうと思われます。

この無我夢中でがんばるということが、さまざまな困難な新しい事態にぶつかったときに、大切な( 生きる力)なのですが、さきほど述べたような、神経疲労の状態にあるとか、プライドや競争意識によって思考の柔軟性を失っていると、この「無我夢中でがんばる」力が脚なかったり、困難が限りなく大きく見えたりして、自己否定的な気分を強く感じるようになってしまうのです。

そんなときに襲うのが自殺念慮である。自殺念慮というのは、「自殺したい」「自殺したほうが楽ではないか」という思いにとらわれることです。
自殺念慮自体、正常な心理状態ではないのだが、案外多くの人が体験しているものです。たとえ、そう思ったとしても、「自殺したいなんて、そんなことを考えるなんて、私はどうかしている」とか「そんなマイナス思考では何も解決しない」とか、自ら否定して、立ちなおる人もいますし、いつまでも、「死んだほうがいいのだ」という自己否定の感情に悩まされる人人もいます。

しかし、このような自殺念慮があったからといって、人は自殺するものではないのです。自殺念慮は、「私はダメな人間だ」とか「私は、どうせ役立たずなのだ」という自己否定の感情と同じぐらいに世の中には存在すると考えた方がよいでしょう。

しかし、それに対抗する意識「そんな弱気ではダメだ」「自分がしっかりしなくてはならない」などの自分を激励する感情もまた存在するのです。この自殺念慮を克服する力を、しっかりともっていることが重要なことです。
ところが、自らを激励し、乗りこえていく力が弱って、自殺が決行されるのには、概して受動的な気持ちになっており、そこに一種の強い力が働くようです。

中高年の自殺でよく聞く話は、「遺書もなく、明日の仕事の準備もしてあって、普段と変わりなかったのに」といわれるような発作的な自殺が多いのです。

「私は、これこれの理由で死を選ぶのです」などという文書を書く余裕などはない(もし余裕があったら、自殺念慮に打ち勝つポジティブな思考が働いたであろうと思われる) のです。
そこに、何らかの強制的な病的な心理メカニズムがあると考えられます。その心理メカニズムを明瞭に表現することはできないが、自殺未遂者が振りかえって述べていることなどから、現在、つぎのような自殺前症候群というものが考えられています。

自我意識の狭小化

まず、自我意識についてです。それは自分は自分であるという1つの確信です。「自分は(未熟であっても)がんばれる」「自分はなんとかなる」という自分の可能性を信じて、落ち着いている自分の意識といえばいいでhそうか?

多少ドキドキしたり、ハラハラしたりしても、深呼吸を1つして、「よし、やるぞ」などと自分を激励している自分。そのような自分の自覚です。健康なときは、この自我意識というものは外に向かって開かれており、まわりの変化を受けとめながら、他人と交流し、さまざまな栄養を吸収している発展的なイメージです。
そして、そんなときは、とてもこの自分を大事にしたいと思うものです。

ところが、自殺前症候群にあっては、この自我は、このように外に向かって開かれておらず、中へ中へと閉じこもろうとしている状態です。「自分はだめなのだ」「価値のない人間だ」「みんなとまじわれる値うちはないのだ」と、自分をとても微小な存在とみなしてしまいます。
「この仕事でも、自分はいなくてもいい存在だ」と信じるようになります。感情もマイナスの方向に向いており、周囲の事物への関心もうつろになってしまいます。

対人関係の狭小化

日常的な仕事の話はできるけれども、感情を込めてつきあうというような人間関係はどんどん狭くなっていきます。家族とも、感情的な交流ができないのです。

たとえば、妻などには、「疲れた」とか「もうダメかもしれない」とか本音をもらすけれども、一方的である。たとえば、妻が「がんばってちょうだい」といっても「無理をしないでいいよ」といっても、本人の思考にはあまり影響しないのです。
ある意味では自閉的になっている。ごく限られた人(妻ら)に一方的に話すことはあっても、意見を聞いて会話にするという余裕がない。
だから、対人関係はとても狭くなる。その結果、また「自分には、誰も相談する人がいない」とか「自分はひとりぼっちだ」といって、自分に対する確信がますます弱くなるのです。

価値観の狭小化

今まで生計の中心になってきた日本の中高年男性の場合は、とくに社会的な価値観を強く自覚していました。「自分のがんばりが、会社の業績を伸ばすのだ」「自分が会社の新しい分野を開拓するのだ」「自分が、妻子に不自由のない生活をさせているのだ」「自分がいなかったら、仕事が止まる」など、会社における成績を上げることで存在意義を自ら確認することができるという価値観が、彼らの自我意識を支えてきたといえるかもしれません。

もっと自然に自我意識をつくればいいのだが、日本の高度経済成長の下でつくられた競争原理、会社主義などによって、多くの人々は、社会的地位や社会的評価によって自分を決める癖がついてしまいました。

ところが、過去の業績はともかく、今からどれだけ役に立つかなど、従来の貢献度の基準はなくなってしまいました。自分が頼りにしてきた価値観が外側から崩されてしまったのです。

健康な人は、多くの価値観をもち、柔軟に自己点検をして、自我意識の崩れるのを予防するのだが、あくまでも社会的評価や競争原理にこだわっていると、それがどんどん無価値なものに思えてくるけれども、それに代わるものを見出せないのです。
そして、「自分は、役に立たない人間だ」「とくに、自分が存在する理由はないのだ」などと、自己否定の感情を促進することになるのです。

自殺への幻想

健康なときは、「自殺は怖い」「死ぬくらいならどんな苦労もできる」などと考える。自殺を罪悪視する対応感情も強く、自殺は遠い存在です。
しかし、自殺前症候群になると、自殺はさほど遠いものではなくなってしまいます。

「気持ちが楽になる」「長い眠り」「永遠の解放」などとソフトにイメージされています。それほど強く抵抗しなければならないほどのものではないかと思えるようになります。
「自分だけ楽になるのは卑怯だ」とか「あとに迷惑をかけるのはすまないな」とか、わずかな抵抗はあります。

だから、遺書は、短く「ゴメン」とか「許してください」とか、簡単なものになります。現実に乗りこえるのには、あまりに大きなエネルギーを必要とする困難があり、信じるべき自我はあまりに小さく、社会的に自分を生かす必要も感じられず、かつ、すぐ身近に「楽になる道」があると思えるとき、自殺はささいなキッカケで決行されてしまいます。

そのキッカケは、そんなに大きなものでなくてもいいのです。かならずしも、つらいことや過大なことだけがキッカケになるのではないのです。
長い間の苦労が実って、ホッと一息ということもキッカケになることもあります。自殺前症候群からかならず自殺が起こるわけでもありません。
いろいろのキッカケ(家人が気づいたり、本人が自殺の幻想からふと覚めたり) で、病院で受診して、助かる人なども非常に多いと思います。

そういう場合、診断は、「(自殺念慮もあった)うつ病」ということで終わるのです。以上からいえることは、自殺念慮があっても、人は自殺するのではないのです。
自殺が決行されるときの病的な心理状態が、ポイントになる。この自殺前症候群におちいったとしても、かなり多くの人は決行せず、決行しても未遂で終わっていると思われます。

しかし、今回の統計のように、既遂例がこんなに増えているのは、決行手段がきっと確実な方法をとられているケースだろうと思われます。

経済的困難で自殺が急増した理由

従来のスケールとは桁違い

まず、昨今のこの不況による経済や生活の破綻、将来への不安が、従来のスケールとはケタ違いであることがあげられます。それは、これから長引くだろうという先行きの暗い見通しだけではなく、従来の高度経済成長からバブル期にいたる消費、借金や投資に対する甘い考え方が蔓延していることもあります。

たとえば、長男小さい工場が友人の会社の不渡りで倒産すると、連帯保証人になっていた親戚や兄弟まで破産してしまったという話や、ある電気メーカーで、リストラのプロジェクトチームをつくり、その陣頭指揮に立っていた人が、結局自分をも人員整理しなければならなくなり、はじめてリストラの恐ろしさを知ったという話、夫が自己破産して、自宅が競売にかかっている、その家に住んでいる妻が、「自分たちが手塩にかけてつくった家、誰かの手に移るかもしれない、そのときは出なければならないけど、今はまだ自分のものとして住んでいる」と落ちつかない不安を訴える話など、数年前までの生活状況と現在の生活状況との落差の大きさを見せつけられるのです。これもドラマや小説の話ではなくノンフィクションなのです。
こういう落差が、人間にとってはストレスとなるのです。

疲れ切っている

第二に、多くの人は、すでに疲れきっているという点であす。かつての好景気の頃、中高年の労働者は、伸びのびと、ゆったりと働いていたかというとそうではありません。

すでに「リストラのなかの精神的危機」でもふれたように、多くの人々は長時間・過密労働、慢性的寝不足、家庭で憩う時間の絶村的不足、まばらな対人交流などによって、精神的不安定、自律神経失調症状などの神経疲労の状態にありました。

こういう神経疲労の状態は、新しく変化する事態には村応しにくいのです。一生懸命村応しょうとするけれども、精神が柔軟に働かない、集中力や思考力も低下している。結果的に判断を誤ったり遅れたりで、事態をいっそう悪くするのです。

とくに、局面の大きな変化に対する精神的動揺も大きく、冷静な判断ができなくなってしまいます。神経疲労の状態では、容易に自信をなくしたり、無力感におちいったりします。
特に

さらに、睡眠障害(神経疲労の主要な症状である) のために、明け方に深刻に考えこんで、抑うつ状態になりやすい。「夜が明けなければいいのに」などと、厭世的な思いにとらわれてしまう。多くの人々にとって、神経疲労は、「気のせい」「もっとがんばればいいのだ」「それができないのは、私の精神力が弱いから」と心嘩学的にとらえられがちなものです。

だから、急激な局面の変化に出会っても、なんとか、心理的に乗りこえようとして、自らを励ますのです。また、周囲の人も、「元気を出せ」「ここを乗りこえれば、なんとかなるかもしれないのではないか」などと、激励するのです。

しかし、神経疲労は、生理学的にとらえなければなりません。いくらがんばっても生理的に機能しない状態なのです。よく眠り、よく食べ、頭脳をしっかりと休ませなければなりません。

このことが、この落差のきわめて大きい社会生活の変動に耐えきれずに、「うつ状態」におちいる要因になることは、十分に想定できるのです。

競争原理

第三に、日本的な能率主義のなかでつくられてきた競争原理、「負け犬になりたくないというプライド」が問題になってしまいます。競争原理によれば、負けたくないとがんばることが当然となります。

そのなかで、柔軟に方向を転換するとか、勝ち負けよりも別の価値基準で自分の生き方を変えるなどということがむずかしくなるのです。そして、1つの価値基準勝つか負けるかによって自分を励まし、それなりの努力します。その結果、成功するときはよいのですが、かならずしもうまくいかないときは、孤独、無力、敗北感に追いこまれてしまうのです。
これもまた、「うつ状態」の準備状態です。このように、好況期につくられた日本人の社会意識そのものが、急激な不況という事態に耐えにくい精神構造を準備していたといえるのです。

中高年の自殺死亡率が増加

最近のニュースで特に特徴的なのはやはりなんといっても、中高年男性の自殺死亡者の急増。自殺者数というものは、その国の社会のあり方(政治や経済など) に何らかの関連性があって、いつも注目されるものです。

長年日本の自殺死亡率は、年齢別に見ると20歳前後の若年層と70歳くらいの高齢者に2つのピークをもっていましたた。

若者の自殺の多いことが、日本の1つの特徴でした。ところが高度経済成長期以後、若者の自殺者はいちじるしく減少し、自殺死亡率のカーブは、若年から老年になだらかに上昇しているシンプルなものに変わってきました。

ところが、80代後半ごろから、50歳代からの中高年の自殺死亡率が高くなる新しいピークが現われた。「昭和1ケタ世代は、もろい」などという世代論が出たりした。当時も第二次石油ショック、円高不況などがあり、産業構造の再編がはじまった頃でした。

その後も、だいたいにおいて、中高年に1つのピークがあり、一度下がってそして高齢になるにしたがって自殺死亡率は上がっていく形が定着していた(図1参照)。それは、高齢になるにしたがってセきにくい社会ということの反映ですが、98年の統計で特徴的なのは、その数のいちじるしい増加です。

98年の自殺死亡率を97年のそれと比較して、年代別に見てみると、働きざかり全体に実数で増えているのですが、とくに50歳代の増加が著しいのです。

ちなみに平成26年の自殺者についてはこちらです

社会的環境の変化と自殺死亡率との関連をみると、不況とか失業者の増加などの生活の困難と自殺者数の変動は、きわめて連動していることがよくわかります。

たしかに、今までさほど将来の生活に不安をもっていなかった人が、急激な経済的危機に見舞われ不況とか失業者の増加などの生活の困難と自殺者数の変動は、きわめて連動していることがよくわかります。たしかに、今までさほど将来の生活に不安をもっていなかった人が、急激な経済的危機に見舞われってがんばったり、金もうけの方法を考えます。

うまくいかなければ、何とかやりくりしようとします。将来に不安があれば、何とか貯えを少なくしないように家族全体で対策を考えます。

このように、いろいろと対策を考えて、「何とか数年は乗りきろう」と決意します。多くの人は、そうしています。

また、不況になって、かえつて割り切りやすくなったという人もいます。「私のように苦労しているのは、私のせいで、家族に申しわけないと思っていたけれど、今のように右をみても左をみても苦しい話ばかりだと、こういう時代だ。みんな同じだと思うと、少し肩の荷が軽くなったりしますね」という患者さんもいました。

多くの人々には、社会経済の変化を客観的に受けとめ、自分の将来計画や当面のやりくりに必要な変更を加える判断と行動を行っていくのである。最悪の場合、家族の力や社会的な援助を受けることも、あえて受けいれるのである。

世の中の大きな変動のなかで、自分の行動のあり方を変えられる柔軟性こそ、精神的自立に主要な側面なのです。この大不況といわれる経済的困難のなかで、そこを柔軟に乗りきれなかった人が急増したということです。それは、何でしょうか?

アルコール依存症からの脱出

アルコール依存症からの脱出は、一方でアルコール依存症にならないための努力であるともえるでしょう。アルコール依存症を乗りこえる鍵が断酒にある以上、アルコール依存症にならないためには断酒しなくてもいい飲酒の仕方、つまり、抑制の効いた自立的な飲酒というレベルを維持することが人切だということになります。

「つまり、アルコール依存症と診断される前の適正な飲酒の仕方というものがあるなら、そうしたいということになります。現代社会は、まさにさまざまな依存症におちいりやすいストレス過剰と消費優先の社会であることは、すでに話しましたが、そのなかでもアルコールは最も安易な依存対象として存在します。

だから、このアルコールを上手にのみこなすことが、この現代社会に生きるコツの1つとしていいことではなでしょうか?。そのためのいくつかのポイントです。

アルコールは、人生の一部分であること

どんなに飲むことが好きでも、朝から飲んではいけません(休日でも)。かつ、自分の適量を守ることです。日本酒だったら1合くらい。ビールだったら大びん1本。ウイスキーならばダブル1杯というところを基本とします。これなら、毎晩やってもよいでしょう。

アルコール以外に、人生の楽しみをもつこと

だいたいアルコール依存症になる人は、趣味の少ない人が多いです。仕事とアルコールで人生のすべてになっています。これでは、自立しているとはいえません。仕事依存症とアルコール依存症になってしまっているわけです。しかも、この両方とも、ある程度のところまでは、世間では肯定的評価を受けるし、当然、当人の自己評価も高くなります。だから、自分は仕事やアルコールに依存して、本当は自立していないという「病識」は、そもそもつきにくいものです。

だからこそ、これからの社会人は、子ども時代から、自立的な生き方を家庭や学校でしっかりと学ぶ必要があると思います。賃労働などの与えられた課題に依存しない生き方、アルコールなどの外的物質に依存しない豊かな生活態度を学ぶ必要があります。

子ども時代から消費文明にどっぷりとつかり、競争原理をしっかりと身につけるような現在の子どもたちは、豊かな自立した生活をつくれるかどうか疑問です。その意味からも、現在の大人たちの労働時間が短縮されて、子どもたちと団欒を楽しむ文化運動が必要であります。しかも、家族中でテレビを囲むのではなく、家族がゆったりと語りあう本当の団欒を、労働者自身の努力でつくつていかなければなりません。

アルコール依存症の自己診断
https://condition-info.com/alcohol/2019/02/25/%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%ab%e4%be%9d%e5%ad%98%e7%97%87%e3%81%ae%e8%87%aa%e5%b7%b1%e8%a8%ba%e6%96%ad/
アルコール症の治療
https://condition-info.com/alcohol/2019/03/04/%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%ab%e7%97%87%e3%81%ae%e6%b2%bb%e7%99%82/

アルコール依存症

覚醒剤やシンナーなどの依存もありますが、ここでは、きわめて一般的なアルコール存症についてです。なお、アルコール依存症は、従来の精神医学では、「アルコール中毒」、あるいは「アルコール嗜癖」と呼称されていました。

それが、「アルコール依存症」ということが一般的になった背景には、こうした社会的状況があったと考えられます。

しかし、アルコール(他の薬物も同じであるが) は、薬物であり、依存するという心理的側面以上に薬理学的な人体への反作用もあるので、最近は改めて「アルコール嗜癖」という呼称が復活しっつあります。

一般的に、依存は、身体依存と精神依存とに分けられますが、アルコール依存は、両方とも起きやすい特徴があります。

身体依存は、離脱症状群(いわゆる禁断症状) などで、だれが見てもわかりやすい。精神依存というのは、買い物依存症やパチンコ依存症と同じで、お酒がないと「落ち着かない」「探し出すまで、騒いでいる」などの薬物探索行動というような状態になります。

精神依存とはいっても、純粋に心理学的ということはありえず、脳内報酬系(脳内ホルモンの分泌の変動が心理を刺激しているという生理学的研究にもとづいています。

パチンコ依存症などでも、「フィーバー(大当たり)」のときに、ベータ・エンドルフィンが異常に増加するという報告などもある) などの身体的な条件をともなっています。
つまり、精神依存症は、現象的に身体依存と区別していますが、身体依存と連続しているものです。

アルコールに対して精神依存の状態にある人は、数えられないくらい大勢います。飲酒は、ふつう、機会性飲酒と習慣性飲酒とに分けられます。

機会性飲酒とは、友だちに会ったときなどにたまたま飲む人のことです。習慣性飲酒とは、「積極的に飲む機会をつくる」「ひとりでも食事のときに飲む」「飲む食事が、飲まない食事よりも自然」というような人です。

後者は、すでに精神依存です。精神依存の状態であっても、たとえば、夜勤とか飲んではいけない状況ではでがまんできるとか、医師から禁止されたときはやめることができるとか、自制(自立) できれば、問題ないのです。

それが、「かくれて飲酒する」「(量などの)ウソをつく」「(飲まないと) 眠れない」などの症状にいくと、精神依存も身体依存に近くなってるのです。

アルコールは、世界中がそうであるが、人間関係を円滑にするとか、お祝いごとを高揚させるとか、悲しみを癒すとか、その効用は限りありません。
しかし一方では、きわめて安上がりのレクリエーションの手段でもあります。さらに、商業主義によってつくられた飲酒文化は、大量飲酒、習慣性飲酒をつくりあげています。だから、当然のこととして、日本にもアルコール依存症患者は多いのです。240万人くらいといわれていますが、実数は把握できていません。

精神依存は、社会的にやむをえないだろうとされる飲酒行動との境界線は、あってないようなものだからです。少なくとも次のような状態におちいっている場合は、「アルコール依存症」と考え、依存から脱出することを考えなければ危険です。

  1. 飲酒によって、交通事故をおこす、職場を休む、仕事をためてしまう、人との約束を守れないなどの社会的行動に障害があらわれていること。
  2. 内科などで、慢性疾患が指摘され、その病気の発症及び経過にアルコールが影響していると、医師が告げたとき。
  3. 離脱症候群(いわゆる禁断症状)を経験したとき、物忘れ、妄想などの出現したとき。

依存からの脱出とは、節酒あるいは断酒です。依存症になってしまった人は、基本的には節制、自制ができなくなってしまった人ですから、節酒というのは現実的にはほとんど考えられないでしょう。したがって、依存からの脱出は、断酒することと同じです。
2週間の禁酒が脂肪値を半分になども励みになるかもしれません。

アルコール依存症スクリーニングテスト

ここ半年以内に次ぎのようなことがありましたか?

お酒が原因で大切な人との間に日々が入った
  • はい(3.7)
  • いいえ(-1.1)
今日は飲まないと決めても飲んでしまう。
  • はい(3.2)
  • いいえ(-1.1)
周囲の人から酒飲みと避難されたことがある
  • はい(2.3)
  • いいえ(-0.8)
適量でやめようと思ってもつぶれるまで飲んでしまう
  • はい(2.2)
  • いいえ(-0.7)
酒を飲んだ翌日に前日のことをところどころ覚えていない
  • はい(2.1)
  • いいえ(-0.7)
休日は朝から飲んでいる
  • はい(1.7)
  • いいえ(-0.4)
二日酔いで仕事を休んだり予定をキャンセルしたことがある
  • はい(1.5)
  • いいえ(-0.5)
糖尿病、肝臓病、心臓病、腎臓病と診断されている
  • はい(1.2)
  • いいえ(-0.2)
酒がきれたときに汗がでたり、イライラしたりする
テキスト
  • はい(0.8)
  • いいえ(-0.2)
商売上、仕事上飲むことがある
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.2)
酒を飲まないと寝付けない
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.1)
酔うと怒りっぽくなる
  • はい(0.0)
  • いいえ(0)

判定

  • 2点以上(きわめて問題が多い)
  • 0~-5点(まままあ正常
  • 2~0点(問題あり)
  • -5点以下(全く正常)

アルコール依存症の教科書はこちら。

家庭文化のあり方

B んは、テレビゲームに夢中です。朝の掃除、洗濯をそそくさと終わらせて、テレビゲームの前に座ります。ドキドキしてくるという。ゲームのスピードに乗ってくると、どんどん高揚してくるのがわかります。

「だれか、止めてっ!!」と叫びたくなるときがあるのだそうです。

Cさんは、パチンコ依存症です。あの店の中にいると気持ちが静かになるというのです。音はまったく気になりません。街を歩いていると、人の話し声や人の視線などで疲れるけれど、店に入ったとたんに、気持ちは洗われて静かになるのだそうです。

このBさん、Cさんも、家族全員でつくる家庭文化というものを知らないまま、ひとりで自分の心を満たすものを求めて、結局、テレビゲームやパチンコという商業主義的な遊びの機械に依存してしまっているのです。

一生懸命、妻子のために働いているのだと主張する夫たちも、「仕事中毒」とか「ワーカホリック」とかいわれます。やはり、自らを全面的に発達させるように自分の生活を管理するのではなく、もちろん、仕事に「依存」しているというわけです。

「仕事中毒」といわれる労働者たちも、好きこのんでそうしているのではないと訴えるでしょう。「会社のため」「自らの生活のため」と。それぞれの胸には必然的な理由があるのでしょう。

しかし、客観的にみて、彼らはこの社会の競争原理を自らの生活信条としてうけいれ、時間のストレスのなかで、仕事に没頭することで、むしろ快感を感じる「依存」の心理的枠組みのなかに自分をおいたことは確かなのです。

彼らの意識は、この現代社会のなかで育まれ、そして、少年期、青年期を通じて修正されないできたものなのです。

彼らは、今、気づくべきなのです。自分の生き方のすべてが、この消費文明の高度の段階にあって、自立的でなくなっているのです。
そして、労働時間の短縮と家庭文化の復活を要求しなければならないと思うのです。現代社会が、依存を生みやすい社会であり、実際に依存行動がいろいろの形で現われていることを述べてきたわけですが、依存もその対象が薬物である場合は、その薬理作用もくわわるので、その結果はいっそう困難になるのです。

買い物依存症「Aさんの例」

30歳の専業主婦Aさんの例
子どもは、ひとりつ子の小学4年生の子がいる。Aさんは、日中は暇で、時間をもてあましています(消費文明は、家事すら機械化してしまったことによる)。

夫は、仕事人間。妻とゆっくり夜を過ごすことを考えられません。帰宅してもニュースやスポーツニュースを見るだけです。家庭文化をつくる努力がされていません。

たしかに、多くの家庭で、夜の団欒といえば、みんなでテレビをみることぐらいになってしまっています。
時々、夫婦ゲンカになる。とくに、Aさんの月経前でイライラしやすいときに、夫が酔って夜中に帰ってくるなどということになると、大ゲンカになります。

Aさんは、「私の寂しさはわかる? 」と訴えます。夫からみれば「こんなに楽をしていて、なんとぜいたくなことをいうのか」と反論。

ここには、2人で必死で生活をつくつていこうという生活感はありません。たしかに、2人にはローンを抱えているとはいえ、十分なお金はあるのです。
生きるために必死に力を合わせるという切迫感のない人工的なマンションのなかで、2人の心はよりそえないのでしょうか?

夫は、「オレが身を粉にして働いて、こんなぜいたくをさせている。何の文句があるのか!」と、経済的豊かさを強調します。イライイラしているAさんは、「あなたがその気なら、お金を使ってやる!」と宣言。

それから先は水かけ論になるのは当然です。

しかし、Aさんは、翌日おしゃれをしてデパートへ出かけ、怒りながら洋服売り場をみて歩いています。今日は、絶村に買うと決めているのです。

でも、ゆったりと楽しんでいるのではなく、何かにつかれたようです。そして、30万円ぐらいの買い物をして、Aさんは、やっとスッと肩の力がぬける思いがするのです。

30万円といっても、現金が出たわけではありません。Aさんも、金額を考えないわけではないのです。しかし、月々2万円程度払っていけばいいんだから、なんとかなるはず。「毎日、こんなことをするわけではない。今日は、夫にみせしめなんだ」と自分に納得させて、買ってしまったのです。

家に帰って、鏡の前で、Aさんは満足でした。このときの1回だけであれば、依存症とはいえないわけですが、Aさんは、その後、心の中が満たされない感じで、イライラすると、また出かけたくなってしまいます。

「今日は、ウインドウショッピングだけ」と、出かけるときは誓うのですが、気にいったものがあると、いつの間にか買ってしまっている自分を発見するのです。

Aさんも、出かける前は「見るだけ」と決心するし、後で後悔することも多いのですが、それでも、売り場につくと何かを探しているのです。

夫は、Aさんの行動からはまったく気づいていませんでした。前よりAさんの不機嫌が長くなくなったなという程度にしか理解していませんでした。

しかし、あるとき、カードの支払通知書をたまたま見ておどろきました。「これでは生活費がなくなる」と、驚いてA さんを問い詰めたところ、買い物をいっぱいしていることがわかったのです。

押入れや洋服ダンスは、まだ着ていないスーツや小物、日用雑貨などがあふれるくらいに入っていたのです。Aさんは、まだサラ金を利用していなかっただけよい方ともいえます。

とはいえ、これから500万円ぐらいは払っていかねばならない現実が待っています。Aさんは、今は、心から反省しているのですが、しかし、満ち足りていないのです。

そしてむなしい気持ちはやはり消えていません。夫も、妾の訴えを、ただ反論するだけでは解決しない深いものだと知って、家庭での時間を大切にしようと努力していますが、本当のところは、まだAさんとはしっくりいかないのです。

このAさんのケースなどは、現代社会の消費文明の究極の姿のよです。

Aさん夫婦には、共有する家庭文化がないのです。A さんは、時間がありすぎ、夫は、時間がなさすぎるのです。Aさんの夫のような男性は決して少なくないのです。
Aさんのように「買い物依存症」になる人は多くはないにしても、パチンコなどのギャンブルに凝っているいる女性や、時間が余るから気分転換にパートに出ているなどという人もけっこういるようです。

現代社会は依存を生み出しやすい

「依存」とは「自立」の反対語と考えることができます。時間のストレスが支配し、学歴を中心とする競争原理が、子どもの幼い時期の生活までもおおっている現代社会は、1つには、子ども時代に培われるべき自立する力が十分に育てられていないというケースを多く生みだしています。

こで述べる自立のための条件(精神的、性的、生活的、経済的) について、今の若者の多くがいかに不十分であるかは、よくわかると思います。

こういう自立の不十分さが、容易に依存行動をひき起こしていくきっかけになります。2つには、まさに大人になつて自立的に生きるべき年代に、ゆったりと文化的な時間を享受する時間がなく、あわただしく時間に追われて、自分の心理的・生理的心地よさを大切にすることができなくなっていることです。
こういう余裕のない状態のときに、安易なレクリエーションとして、飲酒、喫煙などの依存が生まれやすいのです。

3つ目には、現在は、モノがあふれています。ふつう、その豊かな物質文明のなかで餓死するなどとは想像できません。どうにかなるだろうと思います。
親か妻かがなんとかしてくれるだろうと思います。こういう生への必死な思いの必要ない環境のなかでこそ、依存が生まれるのです。

たとえば、アルコール依存症で1週間も食事をしないで朝からアルコールが切れないという人がいます。
家人が注意すると「オレの身体は、オレの勝手だ」「死んでもいいんだ」といって暴れて、酒を要求します。飢えてはいないが、アルコール漬けになって食事もできなくなり、脱水状態になって、結局病院にかつぎ込まれます。

どうしてここまで自制ができなくなるのでしょうか。1つにはアルコールの薬理作用という面もありますが、それだけではなく、生活態度も依存的になっているのです。

つまり、自分は酒を飲むと際限がないので、酒は飲んではいけないのだと自制、自己コントロールができないのです。まさに、この生活態度の自己抑制力の低下が、依存症という病態の特徴です。

つまり、自立の反対です。このような病態は、生きるか死ぬか必死にならなければならない物質的に貧しい時代には存在しなかったものです。

なにしろ酔いつぶれていては、自分の命を防衛することはできませんし、なによりも、現代のように余るほどモノはなかったのですから。

現代のように物質的な飽和状態では、あらゆるものが依存の村象になってしまいます。アルコールはもちろんのこと、シンナーとかある種の風邪薬、抗不安剤、覚醒剤などの薬物類。さらにパチンコとか買い物、ストーカー、アダルトビデオ、テレビゲーム、家庭内暴力なども、依存的な心理状態と関連しています。

依存症といえば、アルコール依存症が連想されるくらいに、アルコールという薬物は、現代的依存にぴったりの薬物ですが、このアルコール依存症に象徴される依存行動、依存的生活態度などという一つの生き方は、現代社会にもっと広くありうるのです。

依存するものは、さまざまです。消費物質があふれ、コマーシャルなどで乱費・乱用することを奨励する雰囲気がつくられて、かつ手ごろな価格で手に入るもの、あるいは、身近にあって支配しやすいものであればいいのです。