過労性疾患に共通する3つの問題

ケースCの場合は、最近話題になっている大企業の過労死などとは異なり、街の工場や店で日常的に見聞きする過労のケースでした。

ここで、ひとりの病人をみた場合に、「このケースには過労の問題はからんでいない」か考えてみる視点をもつことが重要です。もちろん、から、検査なども大事であるが、検査ばかり重ねて、重篤な疾患がかくれていることもある病人をますます病人にしてもいけないし、検査で異常がないと、本人は具合が悪いのに「異常がない」と開きなおるしかないのも困るのです。
そこで、患者さんの生活をつぶさに聞いてみる必要があります。そして、つぎの3つをチェックします。

  1. 持続するストレスのなかでたえまなく交感神経緊張状態がつづいている
    この場合、ストレスの構造は複雑です。時間のストレスをまず基底的なストレスとして考えねなければなりません。たとえば、「いついつまでにやりとげる」などというのは、そのとき作業をしていなくても、頭脳のなかでは十分にストレスであり、交感神経緊張を強めています。また「これは、いつまで。あちらはいつまで」という並行的な課題は、いっそう交感神経緊張を高めます。そういう時間のストレスを基底にして、仕事の質や段取りや人間関係などが複雑に交感神経を興奮させています。こういうストレスと交感神経緊張の度合いと、その結果としての過労の可能性をしっかりと観察する必要があります
  2. 極端に睡眠時間が足りない
    1にも関連しますが、圧倒的に睡眠時間が足りないケースです。「人間は8時間も眠らなくてもいいのだ」とか、睡眠軽視論は多いけれども、経験的にいって、8時間程度寝床の中にいるということは大事です。「8時間の睡眠が必要だ」といって、やむをえず6時間しか眠れないことがあっても仕方ないでしょう。また、ぐっすり寝ることはなくても、8時間のゆっくりとした休息は、十分に意味があります。
    とくに、1のように交感神経緊張の時間が長いことが多い場合、その疲れをとり(副交感神経緊張に移行して)、活力を回復するためには、十分な睡眠が必要です。過労性疾患におちいる人はたいがいこの睡眠を軽視しています。
  3. 体を使っていない
    Cさんのように身体を動かす仕事の場合もあるが、AさんやBさんは、極端に身体を使っていません。これは、人類史上もきわめて不自然です。現在のように肉体労働と精神労働が分裂している現状は、やむをえないとするならば、AさんもBさんも、もっとスポーツをやるべきです。肉体の疲労と神経の疲労のバランスがとれ、そしてそのお互いに疲れを癒しあうような生活をしなければならないのです。ところが、睡眠時間すら保障されない労働者には、神経の気づかれをいやすようなダイナミックに汗をかき、快い疲労を感じるような身体運動の時間も、そして場所もないのです。
    現代のストレスは、超過密・長時間労働を頂点とする「時間のストレス」が、労働者の生理・心理に多大の影響を与え、家庭生活や私生活がこわされ、そして「過労死」などをふくむ過労性疾患を生み、全国民的な健康障害のもとになっています。いわゆる成人病や子どもの精神不安や落ち着かなさも、現代的ストレスを抜きに考えられないのです。このような現代的なストレスの問題を背景にふまえながら、日本人の健康の問題をさらに考えなければなりません。

神経疲労~過労性疾患へ

神経疲労は、たしかに休養に入りにくいけれども、気分転換をしたり、なんとか眠ることなどによって回復させることはできます。
たとえば決算期に残業も多く、ただ机にすわって集中した作業がつづいたとする。あとで肩もこるし、身体はだるく、気力も落ちていて、「ああ神経が疲れた」と自覚するでしょう。
そこで思いきって、休暇をとってゆっくり寝て、それからプールでひと泳ぎします。そうすると、気持ちのいい疲れで、その夜もまたよく眠れるでしょう。

こんなふうにして、神経疲労も回復するのです。ところが、この人に休日をとる暇もなく、つづけて休日もないようなデスク・ワークをしなければならないとしたら、神経疲労はさらに蓄積してしまうでしょう。
そして、「病気ではないか」と疑って受診する場合もあるかもしれません。

神経疲労が、回復する機会が与えられないまま(筋肉疲労は自覚症状が強く、自覚しやすいのでわかりやすいが)、蓄積していくと、結局は不安定な自律神経症状が慢性化するようになってしまいます。病名をつけれは「自律神経失調症」でです。

以下はいくつかの例です。

ケースA

Aさん(22歳)、独身。ある新聞社でパソコンで新聞紙面に文字と組版入力する仕事をやって4年になります。次のようなタイトなスケジュールです。

  1. 午後2時~午後9時
  2. 午後5時~午前1時(タクシーで帰宅)
  3. 午後7時~午前2時(会社で午前10時まで寝る)
  4. 午前10時~午後2時
  5. 休み

基本的にサイクルの繰りかえしです。就床時間、起床時間が、毎日異なります。またローテーションが週単位でないので定期的な予定(たとえはスポーツ・ジムに通うとか)を入れにくい状況です。
さらに、休養をとる時間が規則的にならず、結局休み方も能動的なものになりにくいのです。

Aさんは、この勤務がつづくなかで、不眠(とくに熟睡できない)、頭痛などの自律神経症状を訴えるようになりました。内科に受診し、脳のCTを撮りましたが異常なしでした。

よく眠れないせいか、人混みとか仕事などに異常に緊張しまする。じっとりと汗をかいたり、ミスをしないかとても気になったり、まわりの機械の音が気になったりするのです。
Aさんは上司にたのんで日勤だけの勤務に替えてもらいました。しかし、それだけでは睡眠もとくによくなったわけではありませんでした。

しかし、そろそろ夜勤のローテーションに近づいています。まず、このような不規則な深夜労働はまったく人間の生理に反するものです。

このような夜の人間の生理を無視した労働形態は非人道的です。Aさんは、多少神経質で、もともと覚醒・睡眠の生体リズムはよくないのですが、そういう体質は、このような不規則勤務ですぐまいってしまうタイプですA さんは、デスクでキーをたたく精神的緊張だけの労働といえるでしょう。
足や腰はなんの労働もしていないのです。この1つの生体のなかでのアンバランスも、体内の自律神経系を混乱させるわけです。

Aさんには、身体と心とが一致するような労働がありません。こういう労働の代わりになるものがスポーツです。Aさんは、熟睡できないから、身体がかったるいといってスポーツは全くしていません。高校時代サッカーをやっていたというが、働くようになってからは、ボールにさわったこともないというのです。

こういう多様な条件の重なりのなかで、Aさんの症状が存在するのです。

こういったA さんの現在の自律神経症状には、軽い安定剤を出して押さえたら、まず自らの力で熟睡できるようにスポーツをしっかりやるのが最適です。

ケースB

Bん(33歳)、独身。コンピュータ技師。ここ最近の不調は微熱と頭痛、食欲不振などです。高校を卒業してから、ずっとコンピューター関係の仕事。その十数年の間に4年ばかりコンピュータ学校の講師をしていたが、このころは体調は悪くなかったが、そのほかは、夜遅くまでコンピュータにとりくみ、朝は、朝食も食べないで出社するという毎日でした。

数年前から、建築会社の経理を1人で請け負うようになってから体調がおかしくなりました。たしかに暇のあるシーズンもあるのですが、月末になると、あらゆるデータが彼のところに集中し、請求書からさまざまな支払い関連の書類が彼のコンピュータを通過していきますく。たんに実務的なきつさよりも間違えてはいけないというプレッシャーの方がストレスになっていました。

数ヶ月前から夕方になると微熱がでるようになりました。微熱がでる頃は、作業に集中できなくて、頭が働かない感じを自覚していました。
。がんばっても能率はあがらないし、ウッカリしたミスを繰りかえしてしまいました。

Bさんは、内科的な検査をするために受診しました。各科で調べても炎症性のものはなく、神経科を疑われました。

Bさんの生活は、高校を卒業してから、スポーツらしいスポーツをやっていません。電車にのって会社に出て机にすわって、キーを打つ仕事だけです。
ほとんど汗をかいていません。まさに機械の部品のような生活です。

処方箋は、3ヶ月間休みをとり、そして、1日に1回軽く汗をかく運動が必要です。また、自宅では絶村コンピューターをいじらないこと、夜は早めに決まった時間に寝ることが必須です。

病人に薬を飲むことを指示するように、きちんと生活指導に従うように指示することがとても大切なです。Bさんは、1ヶ月もすると、毎日身体が軽くなり、だるさも改善しました。

表情もとても柔らかになりました。しかし、友人と東京などで遊んでくると、夕方に微熱がでてしまうというのです。これは、自律神経系の条件反射のようなもので、人混みなどで神経を使うだけで、熱が上がったりするのです。なにしろ、自然のなかで汗をかくことが、今の一番の遊びにならなければいけません。

ケースC

Cさんは、27歳。独身。和食の職人です。その日は、午後2時から午前1時までの勤務を無断欠勤していましたた。午前1時すぎに帰宅した同僚が、「意識不明で倒れている」のを発見して、救急車で搬送されて入院となりました。

心臓疾患や脳疾患が疑われました。Cさんは、緊急入院後、「尿がしたい」といって目を覚まし、その後は見当識も正常でした。朝食も食べ、吐きもしない。しかし、時間さえあれば寝ていました。
脳波検査も行われました。徐披がめだち、軽度異常であるというのです。
しかし、てんかんというには臨床症状もあわないし、私の神経科受診となりました。

職業は、年中無休の和食レストラン。勤務は午前10時から午後11過ぎ。日給月給で月5回の公休は保障されていますが、忙しければ手伝いに出ていました。

毎日の就寝は午前2~3時。起床は午前9時。昼食は、午後2~3時、夕食は午後9~11時。朝食はなし。休日は寝るだけです。しかし、ここのところは忘年会シーズンで、休みどころではありません。
そして、入院前日、無断欠勤になりましたが、その前日の夜中に帰宅してから、すっかり寝込んでしまったということです。途中、風呂もわかしたが、それも入ることもなく寝てしまったのです。

結局翌日の夜中に帰宅した同僚に救急車にのせられるまで、26時聞くらい寝ていたことになります。同僚は、病気で倒れているように思い、病院でもいろいろ検査されたが、結局なにも異常所見はありませんでした。

結局、過労による過眠状態であったのです。Cさんは、入院していろいろ検査をうけて、規則正しい生活をしているうちにすっかり元気になりました。もともとは体も丈夫です。きちんと規則正しい生活をすれば、元来身体を動かす職人なのであるから、元気で生活できるはずです。
Cさんは、とんでもない大騒ぎになったことで、自分の生活を見直すきっかけをつかみました。とはいえ彼のような外食産業の労働条件はきびしいのが現状です。身体がついてこなければやめればいい。人はアルバイトなどでなんとかなるというのが、多くの経営者の考えです。

過労の2パターン「筋肉疲労・肉体疲労」「神経疲労」

日常的に私たちが経験する疲労には2種類あります。

1.筋肉疲労・肉体疲労

ひとつめは「筋肉疲労」とか「肉体疲労」とかいわれているものです。たとえば、日曜日に家族でハイキングに行ったとき場合です。
山頂でお弁当を食べて、夕方家に帰ったときは、もうクタクタです。久しぶりに歩いたので足の筋肉痛です。ビールを飲んで眠れば、最高の気分でしょう。

つまり、「筋肉疲労」は、気分的には最高の気分、あるいは最高とまではいかなくても、気分はいいのです。いわゆる「神経が疲れた」という不快感がないのが特徴ですそ

れは、ハイキングのような好きなことでなくても同様です。畑仕事でも、庭の手入れであっても、あるいはドブの掃除であってもいいのです。

基本的に、身体の労働と心の労働が一致しているような仕事です。なにかの目的意識をもって身体全体を動かして、ある物事をなしとげる、そういう労働のあとの疲労は、基本的にこの筋肉疲労です。

全身をつかって全身が疲れ、頭脳の方は「成しとげた」という充実感などが残り、全体として快い休養を求めます。このような労働による疲労と休養の練りかえしが、人類の長い歴史のなかの生活であったのだろうと考えられるます。

大昔は、「神経疲労」などというものは存在しなかったのではないでしょうか。1日中身体はまんべんなく使われ、頭脳はいつも目的意識をとぎすますために使われ、身体の働きと心の動きは一致していたのでしょう。

2.神経疲労

ところが、身体は局所的にしか使わず、頭脳だけを使うような精神労働が誕生してから、いわゆる「神経疲労」が生まれたのでしょう。
「神経疲労」とは、身体の働きとは別に「気をつかう」「頭をつかう」「緊張する」などの精神労働に傾いた労働のなかで発生したのです。

そして、「神経疲労」は、「筋肉疲労」と比べていちじるしい違いがあります。それはきわめて不快感をともなうという点です。

「筋肉疲労」は、気持ちよく、いつの間にか睡眠に誘いこまれるというようなものです。その労働による身体の変化に満足感すら味わうことができるのです。

ところが、神経をつかったあとの「神経疲労」は、ぐったりとして、食事の用意をするのもいやで、人々の騒々しいのが気になってイライラしたり、ふとんに入っても眠れません。

つまり、快い休養へと導かれないのです。疲労しているのだから、休養に導かれるのが当然のプロセスですが、そうならないのです。
休養に導くためには別の手立てが必要になることもあります。たとえば、酒を飲むとか睡眠剤を飲むなどです。

「神経疲労」は、人間にとって不快なものです人間は、これまでの歴史のなかで「神経疲労」を自然に休養に導き、疲労を回復させる生理的なプロセスをもっていません。つまり、人類史上、新しい疲労なのです。

階級社会が成立する過程で、肉体労働と精神労働とに分裂がおこり、農民のように身体と心を統一的に働かせる労働者とは別に、机にすわって書いたり指示したり、考えたりする労働者も生まれたのです。

その頃から、多分、肩こりや偏頭痛や不眠症などの新しい病気が生まれたのではないかと考えられています。それは当時、新しい職業病の発生だったはずです。

産業革命後、さらには第二次世界大戟後の技術革新の大波のなかで、かつてのような重労働ではあったけれども心身統一的な労働がどんどん減り、肉体的には軽労働化が進み、反比例するように作業のスピード・アップ、個人責任の強化、目と指の限局された作業など、神経を極端に酷使する(筋肉のように、痛みやだるさなどの疲労サインを出さない神経の特徴のため) 作業が増えてきたのです。

そして、いまや仕事といえば、「仕事が終わって気持ちがいい」などという言葉は聞くことはできない。「ああ、やっと終わった。もうなにもする気がしない」などという不快な倦怠感の残るものとなってしまったのです。

私たちは、ここで、疲労には2つのパターンがあって、人を幸せな感じにするような筋肉疲労はどんどん減っていき、不快感の強い神経疲労を体験することが多くなっている、この時代の特徴をおさえておく必要があります。

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