体のけがは目に見えるが、脳のけがは目に見えない

うつ病者は心理的には崖っぷちで何かをしているということが理解できないと、なかなかうつ病者の言動は理解できません。

外側だけを見ていけばうつ病になる人は、時に、「あんないいことばかりして何が不満なんだ」と思われることも多いからです。

うつ病者は正体不明なものに脅かされています。何でこうなるのかが本人も理解できていません。うつ病はモラルの問題ではなく、脳内化学物質の問題であるという点の理解が大切です。

このことはアメリカのニュースがうつ病特集をした時に繰り返し解説されていました。

足に怪我をすれば周囲の人にはよく分かるでしょう。しかし脳の中の変化は外には見えません。

ある時、テレビで視覚障害者がサッカーをしているところが放映されました。すると皆が「偉い! 」と口を揃えます。しかしうつ病者がサッカーをしても「すごい!」と言わないでしょう。眼の機能が完全でも、脳の視覚を司る部分が機能不全に陥ればものは見えないのです。聴覚も同じです。

耳の機能が完全でも脳の聴覚野が障害を持てば聞こえません。傍から見てその人は何かができるように見えるかもしれませんが、外から見えない脳に障害が出れば実際にはできないでしょう。

うつ病者が何もしないでいる姿を見て、人はうつ病者の「やる気」のなさを批判します。見るのも聞くのも、脳で見て脳で聞いているように、人は何かを脳でしているのです。

うつ病はその脳の障害なのです。その点でうつ病者は不当な批判にさらされてきたと言うべきでしょう。

「できない」ということが普通の人に理解できないからです。足の裏に怪我をした人が「歩けない」と言えば普通の人は理解できます。しかし、五体無事なうつ病者が「歩けない」と言っても、普通の人はなかなか理解できません。それは人は足で歩いていると思っているからです。

人は足で歩いているのではないのです。人は脳で歩いているのです。うつ病者はその脳が傷んでいるのです。足の裏の怪我は見えるが、脳の怪我は見えないということです。

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