幸せになると相手を責めることができなくなる

また「辛い、苦しい」という感情が、愛を求める正当性の根拠です。だから「私は辛い」と言い続けるのです。自分の人生が辛いかぎり愛を求める正当な根拠があると思えるのです。

いま、ほんの少しのことで楽になったと感じたり、幸せと思えたり、楽しいと認めたら、相手を責められなくなってしまうのです。

楽しいことを体験して心がはずんでも、心がはずんだ自分を認めるわけにはいかないのです。そういう人に、「あなたはこんなに色々と持っているではないか」と周囲の人が言っても意味がないでしょう。

「あなたはこんなに色々と持っているではないか」と言うことが意味があるのは、心の底に憎しみのない人です。

幸せになりたいという願望が最優先している人です。憎しみを持っている人は、幸せになるよりも、憎しみを晴らしたいのである。相手を責めたいのである。幸せになりたいという願望は優先順位が低いのです。それに対して憎しみの感情を晴らしたいという願望は優先順位が高いのです。

誰だって幸せにはなりたい。しかし「幸せ」と感じてしまったら、もう相手を責められません。彼らは苦しいと訴えることで愛情を求めています。そこでとにかく幸せと感じることに抵抗感があるということです。

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