「うつ病患者は他の人と体験が違うというわけではありません。体験は同じだ」とうつ病の研究者アーロン・T ・ペックさんは声を大にします。このことはうつ病者を理解するためには大変重要な言葉です。
たとえばうつ病者が怪我をした。あるいは「熱がある」と言いました。それは「怪我をした」、あるいは「熱がある」ということだけを言っているのではありません。そうなつた「自分は辛い」と訴えているのです。
そうなった「自分をもっと大切にしてくれ」と訴えているのです。同じに風邪を引いても、うつ病者と心理的に健康な人とは辛さが違います。その違いを理解しないで、周囲の人の世話は「風邪を治す」ということになつてしまいます。
だから、うつ病者は「誰も私のことを分かってくれない」と恨みを言うようになつてしまうのです。
うつ病者にとって辛いのは、風邪になったこと自体ではありません。うつ病になるような人は、もともといまを生きていることだけで精一杯だったのです。「もうこれ以上何か事件を持ってこないでくれ」と心の底で叫んでいました。そこにさらに、風邪という大事件が我が身に起きてしまいました。
そこで、「風邪になった、もう生きられない、助けてくれ」と訴えているのです。それなのに、周囲の人は風邪そのものを治そうとします。生きることに疲れた人とかうつ病になるような人にとって辛いのは、風邪になって「辛い」という気持ちを周囲に理解してもらえないことです。
うつ病者が風邪になって「辛い」と言います。すると心理的に健康な人は風邪を引いて辛いのだから風邪を治してあげればいいと思ってしまいます。
いいから「卵酒を飲んで早く寝ていなさい」と言います。周囲の人はうつ病者の「あー、風邪になってしまったー」受けとめるよりも、風邪を治すことに関心が行ってしまうでしょう。
求めているのは、風邪を治すことではないのです。うつ病者は生命力が落ちています。だから風邪になっても、そして風邪には卵酒がという嘆きの気持ちをうつ病者が周囲の人に普通の人よりも辛いのです。そこで風邪になってしまったことを嘆きます。その嘆きはなかなか周囲の人には理解できないものです。
うつ病者はその辛さを受けとめてくれることを周囲に求めているのです。「風邪を治してくれ」とは言っていないのです。辛い気持ちを受けとめてくれて、「大変ねー」「辛いわねー」「何であなたばかりがそんなに辛いことを体験することになるんだろうねー」と言ってくれればうつ病者いやは心が癒されるでしょう。
そして初めて普通の人と同じレベルの話ができるのです。つまり風邪を治すのは、それから先の問題になるのです。うつ病者にとって風邪そのものが最大の問題ではないのです。それが「うつ病者と普通の人とは体験が違うのではない」という意味です。うつ病の研究者アーロン・T・ペックは体験が違うのではなく、体験に対する解釈が違うといいます。そのとおりであるが、もう少し正確に言うと、同じ体験から生じる感情が違うのです。